なんだ結局
投稿者: yatiyochan 投稿日時: 2004/08/08 17:16 投稿番号: [13805 / 28311]
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コラム
砂山清の「地球ワンカット」
> 「アマンドラ!希望の歌」が国歌になるまで (アサヒ・コム 7月7日
http://www.asahi.com/column/aic/Wed/d_sunayama/20040707.html
> ちょっと恥ずかしい気もするけど、僕は世界の国々の国歌を聴くのが好きである。手元に、「世界の国歌集」といったCDが、何枚もある。
国家を聞くことが恥ずかしいと言いながらCDを何枚を持っている、というどこか捩れたコラムニスト。
> 例外もあるが、多くは、その国の国民に広く愛されている曲だけあって、どれも、まずは、素晴らしい。
で、その例外とはいったいどこの国歌だろうか?
>「どこの国の国歌が好きか?」と、聞かれると、ちょっと迷うが、間違いなく10指に入るのが、南アフリカ共和国の国歌「ンコシシケレリ」〜しかし、こんなに演奏によって、表情の変わる曲も珍しいと思うほど。
純粋に音楽が好きなんだ、と思えば。
> 米国のゴスペルは、差別された黒人達の、白人に対する差別撤廃闘争での連帯感を強め、恐怖感を取り除く役割を果たした。それを通して磨かれてきた。これに対し、南アのゴスペルは、「最後の奴隷制」と呼ばれた、黒人差別のアパルトヘイト制度と闘う中で、育まれた。実際、南アの方が、より切羽詰っていたのではないかと、思われる。もちろん、米国の公民権闘争の偉大さ、深刻さ、そしてその過程での数々の深い悲しみを軽視しているわけではないが。
予想通りに結局、人種差別問題にからませるいつもの手管。
> 南アの黒人達は、圧倒的多数派でありながら、最近まで、少数派の白人に、土地を奪われ、居住区に閉じ込められ、人間の権利と可能性を奪われてきた。その後遺症は、黒人中心の政府が出来たいまも続き、南ア社会に深刻な問題を投げかけている。例えば、エイズの蔓延や、都市部での殺人事件の多さだ。強制的に家族から引き離され何の娯楽もない労働キャンプに閉じ込められていた男性たち、両親が遠い白人地区に働きに出た後、暴力しか頼るものを教えられなかった子供達。そうした社会のひずみに加え、今も変わらない、白人との経済格差がある。黒人達が、兄弟や仲間たちの命や怨念と引き換えに、居住区の中で、怒りを込めて歌ってきた、闘争の歌や、ゴスペルの記憶は、まだ生々しいのではないか。多分そのせいだろう、南アのゴスペルには、有無を言わせない、野太い迫力がある。
これでもかと黒人達の苦しみを書きたかったんだ。
以下延々と黒人達の差別の実態を書き連ねた挙句、黒人差別を理解したユダヤ人の映画監督をもちあげ
> 監督は、ニューヨーク生まれのユダヤ系の白人だというが、この映画を撮影するために、ヨハネスブルグに長期間にわたって住みついたという。
> この映画の受賞暦(配給会社の資料による)――2002年南アフリカ国際ドキュメンタリー映画祭観客賞、ハートランド映画祭最優秀賞、セントルイス国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞、サンダンス映画祭観客賞、同表現の自由賞、同審査員大賞(ノミネート)、2003年シドニー映画祭フィプレスキ賞、テルライド山映画祭最優秀賞。
という箔をちりばめたすえに
> 数年前、ピースボートで南アに行ったとき、ケープタウンの大広場で、催しに集まった大勢の地元の人たちと一緒に「ンコシシケリ・アフリカ」を歌った時の、どよめきと熱い思いが甦ってきた。
でまた結局、ピースボートに乗って世界一周をしよう。が、いいたかったんだ。
> 「アマンドラ!希望の歌」が国歌になるまで (アサヒ・コム 7月7日
http://www.asahi.com/column/aic/Wed/d_sunayama/20040707.html
> ちょっと恥ずかしい気もするけど、僕は世界の国々の国歌を聴くのが好きである。手元に、「世界の国歌集」といったCDが、何枚もある。
国家を聞くことが恥ずかしいと言いながらCDを何枚を持っている、というどこか捩れたコラムニスト。
> 例外もあるが、多くは、その国の国民に広く愛されている曲だけあって、どれも、まずは、素晴らしい。
で、その例外とはいったいどこの国歌だろうか?
>「どこの国の国歌が好きか?」と、聞かれると、ちょっと迷うが、間違いなく10指に入るのが、南アフリカ共和国の国歌「ンコシシケレリ」〜しかし、こんなに演奏によって、表情の変わる曲も珍しいと思うほど。
純粋に音楽が好きなんだ、と思えば。
> 米国のゴスペルは、差別された黒人達の、白人に対する差別撤廃闘争での連帯感を強め、恐怖感を取り除く役割を果たした。それを通して磨かれてきた。これに対し、南アのゴスペルは、「最後の奴隷制」と呼ばれた、黒人差別のアパルトヘイト制度と闘う中で、育まれた。実際、南アの方が、より切羽詰っていたのではないかと、思われる。もちろん、米国の公民権闘争の偉大さ、深刻さ、そしてその過程での数々の深い悲しみを軽視しているわけではないが。
予想通りに結局、人種差別問題にからませるいつもの手管。
> 南アの黒人達は、圧倒的多数派でありながら、最近まで、少数派の白人に、土地を奪われ、居住区に閉じ込められ、人間の権利と可能性を奪われてきた。その後遺症は、黒人中心の政府が出来たいまも続き、南ア社会に深刻な問題を投げかけている。例えば、エイズの蔓延や、都市部での殺人事件の多さだ。強制的に家族から引き離され何の娯楽もない労働キャンプに閉じ込められていた男性たち、両親が遠い白人地区に働きに出た後、暴力しか頼るものを教えられなかった子供達。そうした社会のひずみに加え、今も変わらない、白人との経済格差がある。黒人達が、兄弟や仲間たちの命や怨念と引き換えに、居住区の中で、怒りを込めて歌ってきた、闘争の歌や、ゴスペルの記憶は、まだ生々しいのではないか。多分そのせいだろう、南アのゴスペルには、有無を言わせない、野太い迫力がある。
これでもかと黒人達の苦しみを書きたかったんだ。
以下延々と黒人達の差別の実態を書き連ねた挙句、黒人差別を理解したユダヤ人の映画監督をもちあげ
> 監督は、ニューヨーク生まれのユダヤ系の白人だというが、この映画を撮影するために、ヨハネスブルグに長期間にわたって住みついたという。
> この映画の受賞暦(配給会社の資料による)――2002年南アフリカ国際ドキュメンタリー映画祭観客賞、ハートランド映画祭最優秀賞、セントルイス国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞、サンダンス映画祭観客賞、同表現の自由賞、同審査員大賞(ノミネート)、2003年シドニー映画祭フィプレスキ賞、テルライド山映画祭最優秀賞。
という箔をちりばめたすえに
> 数年前、ピースボートで南アに行ったとき、ケープタウンの大広場で、催しに集まった大勢の地元の人たちと一緒に「ンコシシケリ・アフリカ」を歌った時の、どよめきと熱い思いが甦ってきた。
でまた結局、ピースボートに乗って世界一周をしよう。が、いいたかったんだ。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.