テロは在ったのか?
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2003/09/13 08:20 投稿番号: [11294 / 28311]
社説1「石原知事――テロ容認そのものだ」
http://www.asahi.com/paper/editorial20030913.html
>・・・「良識ある国民の不満、怒りだ。それが異様な形で表れたのはあってはならないことだろうが、今までの外務省の言動を見れば、あり得てむべなるかな」。外務省は自戒して行動した方がよいとも述べた。石原氏に言いたい。これがテロを容認し、あおることなのだ。
▲慎太郎の「あってはならないこと」宣言も、ムリヤリ「テロ容認」宣言を強要。
>事件はテロ行為そのものだ。気に入らないやつは暴力で封じ込められても仕方がない。それが怖いなら政策を変えろ。こんな発想をためらいもなく公言する人物を、今日の日本の政治家とは認められない。どれだけ政府に不満があろうと、テロは「あり得て」はならないことなのだ。外交は命懸けの覚悟が必要だというが、それと外交官の家に爆弾を仕掛ける行為を一緒くたにするに至っては支離滅裂である。
▲発火もしない魔法瓶の嫌がらせが「テロ行為そのもの」に昇格。朝日も慎太郎も事実誤認。
>石原氏は、北朝鮮による拉致事件を「政府が25年間ほったらかしにした」と繰り返し憤った。多くの国民は、今なおまともに対応しようとしない北朝鮮への怒りと、政府への不信を共有している。
▲たしかに「国民は北朝鮮への怒りと政府不信を共有している」が朝日11日社説で『明らかになった拉致事件は悲惨きわまりないし、帰国した被害者5人は北朝鮮に残る家族との再会を果たせないままだ。なのに北朝鮮は核開発で脅している。しかし、ともあれ、北朝鮮が拉致を認めて謝罪し、5人を日本に戻したのは、外交の成果ではなかったか』とある。朝日は北朝鮮に怒りも政府不信も 共有していないようだが。
>しかし、だからテロや嫌がらせが起きるのだと言ってみても、また「弱腰外交」をいくら批判しても、北朝鮮問題解決の助けにはならない。対話と圧力、あらゆる知恵を注いだ外交で道を開くしかないのだ。いや、そもそも「良識ある国民」が今回の事件をむべなるかなと思うだろうか。
▲「むべなるかな」とは思わぬが「テロ容認」とも思わぬが。見出しや文脈でも「テロ容認」と決め付けておいて「テロや嫌がらせ」に降格して免責用意。そもそも拉致もテロならぬ嫌がらせ?
▲社説の絶叫調より珍しく人語子のほうが冷静のようだ。
http://www.asahi.com/paper/column20030913.html
>外務省の外務審議官の自宅で爆発物のようなものが見つかった事件で「当たり前の話だ」などと語った。きのうの記者会見で知事は釈明をした。爆弾を仕掛けることは「良いわけがない」。しかし、そういう事態を招来して当然の外務省である。そんな趣旨だった。 国民の中にある外務省への不満や怒りの大きさを強調した。その部分を「当たり前」と表現するのはいいとして、爆発物のようなものを仕掛けて「脅迫」するのは断じて「当たり前」ではない。両者の間の決定的な違いに、知事は少々無頓着のように思える。
▲「少々無頓着」と「テロ容認」とは決定的な違い。社説会議の意図的なあおりはやめられない,止まらない。
http://www.asahi.com/paper/editorial20030913.html
>・・・「良識ある国民の不満、怒りだ。それが異様な形で表れたのはあってはならないことだろうが、今までの外務省の言動を見れば、あり得てむべなるかな」。外務省は自戒して行動した方がよいとも述べた。石原氏に言いたい。これがテロを容認し、あおることなのだ。
▲慎太郎の「あってはならないこと」宣言も、ムリヤリ「テロ容認」宣言を強要。
>事件はテロ行為そのものだ。気に入らないやつは暴力で封じ込められても仕方がない。それが怖いなら政策を変えろ。こんな発想をためらいもなく公言する人物を、今日の日本の政治家とは認められない。どれだけ政府に不満があろうと、テロは「あり得て」はならないことなのだ。外交は命懸けの覚悟が必要だというが、それと外交官の家に爆弾を仕掛ける行為を一緒くたにするに至っては支離滅裂である。
▲発火もしない魔法瓶の嫌がらせが「テロ行為そのもの」に昇格。朝日も慎太郎も事実誤認。
>石原氏は、北朝鮮による拉致事件を「政府が25年間ほったらかしにした」と繰り返し憤った。多くの国民は、今なおまともに対応しようとしない北朝鮮への怒りと、政府への不信を共有している。
▲たしかに「国民は北朝鮮への怒りと政府不信を共有している」が朝日11日社説で『明らかになった拉致事件は悲惨きわまりないし、帰国した被害者5人は北朝鮮に残る家族との再会を果たせないままだ。なのに北朝鮮は核開発で脅している。しかし、ともあれ、北朝鮮が拉致を認めて謝罪し、5人を日本に戻したのは、外交の成果ではなかったか』とある。朝日は北朝鮮に怒りも政府不信も 共有していないようだが。
>しかし、だからテロや嫌がらせが起きるのだと言ってみても、また「弱腰外交」をいくら批判しても、北朝鮮問題解決の助けにはならない。対話と圧力、あらゆる知恵を注いだ外交で道を開くしかないのだ。いや、そもそも「良識ある国民」が今回の事件をむべなるかなと思うだろうか。
▲「むべなるかな」とは思わぬが「テロ容認」とも思わぬが。見出しや文脈でも「テロ容認」と決め付けておいて「テロや嫌がらせ」に降格して免責用意。そもそも拉致もテロならぬ嫌がらせ?
▲社説の絶叫調より珍しく人語子のほうが冷静のようだ。
http://www.asahi.com/paper/column20030913.html
>外務省の外務審議官の自宅で爆発物のようなものが見つかった事件で「当たり前の話だ」などと語った。きのうの記者会見で知事は釈明をした。爆弾を仕掛けることは「良いわけがない」。しかし、そういう事態を招来して当然の外務省である。そんな趣旨だった。 国民の中にある外務省への不満や怒りの大きさを強調した。その部分を「当たり前」と表現するのはいいとして、爆発物のようなものを仕掛けて「脅迫」するのは断じて「当たり前」ではない。両者の間の決定的な違いに、知事は少々無頓着のように思える。
▲「少々無頓着」と「テロ容認」とは決定的な違い。社説会議の意図的なあおりはやめられない,止まらない。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.