天声人語、長崎4歳児の親を暗に批判
投稿者: asd0121kf 投稿日時: 2003/07/10 11:20 投稿番号: [10455 / 28311]
■《天声人語》
07月10日付
はるかな昔、小学校卒業を前に、ある教師が「これから、皆さんは、青年前期に入ります」と話した。
「児童」から「生徒」へという、学校での呼ばれ方の変化には、どうということも感じなかった。
しかし「青年」という、大人に直結するような遠くて大きいものと、小さな我が身との落差に感じた、妙な据わりの悪さが記憶に残る。12の春だった。
長崎市の幼稚園児、種元駿ちゃんが誘拐され殺された事件で、中学1年の12歳の少年が補導された。「突き落としたと認めています」。
警察発表の通りだとしたら、その時、駿ちゃんの目に、少年の姿はどう映ったか。改めて、痛切でおぞましい思いにかられた。
12歳は、一般的には、まだまだ大人からの保護を必要とする時期だ。
語尾がteenで終わるからそう呼ばれる、13歳からのティーン・エージャーにも入らない。
一方で、心身が大きく変化する微妙な年頃でもある。少年の日常はどうだったのか。
事件の直前、七夕の短冊に書く願い事を聞かれた駿ちゃんは「仮面ライダーになりたい」と答えたという。
父親の毅さんは葬儀で述べた。「4年8カ月しか一緒にいてあげられなくてごめん」。
無残に断たれた、あまりにも短すぎる生だった。
きのう東京・浅草の浅草寺で、恒例の「ほおずき市」が始まった。
参拝客のうち、幼い子を連れた人たちのほとんどが、手をひくか、だっこしていた。
例年のことかもしれない。迷子のこともあるだろう。しかし、
握る手の一つひとつに、心なしか力が加わっているように思われた。
天人、はっきりいえよ。
12歳少年は加害者だから人権第一で臨め。
被害者幼児は、親が目を離したのがいけないのだ。昨日の「ほおずき市」を見ろ。
幼子の親は、子供をだっこするか、しっかりと手を握っていたぞ。
こういうことだろう。
これは メッセージ 10454 (tea_picking_nitarinov さん)への返信です.
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