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定点観測「捨てゼリフの軽さ」

投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2003/07/01 18:55 投稿番号: [10312 / 28311]
早野透コラム「昭和館、李香蘭、歴史の重さ 」
http://www.asahi.com/column/hayano/ja/TKY200307010159.html

>・・・いやだなあ、新聞記者がお先棒を担いで戦争をあおり立てていった歴史は身が縮む思いがする。一方で、映画「スパイ・ゾルゲ」で描かれる尾崎秀実のような信念の新聞記者も、桐生悠々のような反骨の記者もいたのだが。

▲朝日の戦前の歴史に身が縮む思いまでは結構。ソビエト共産党員ゾルゲとスパイ活動をした尾崎秀実を信念の新聞記者はないでしょう。最低限その尾崎の信念を担保する事実を書くのがつとめ。桐生悠々(ネット検索の限りで)は1910年の時点で『イギリスの功利主義やマルクス、ニーチェをも時代遅れと喝破したなんとも自意識の強い論説家』だそうで二十数年後の尾崎秀実のスパイ活動をどう見たか。付言すれば…。

▲『桐生悠々は「関東防空大演習を嗤う」というコラムを書いて信濃毎日新聞の主筆の座を追われた。1934年のことである。時代は満州事変を経て日本が国際連盟を脱退するまで追い込まれていた。「関東に敵機をを迎え撃つということは敗北そのものである」と当たり前のことを書いただけで陸軍の憲兵ににらまれた。戦後になって抵抗の新聞人としてその反骨精神を評価された。当時マスコミがこぞって、そんな防空演習のばかばかしさを書きたてれば時代は変わったかもしれない。だが、朝日新聞も毎日新聞もばかばかしいと書かなかった。桐生悠々だけが「嗤う」と書いた』とは本当の新聞人。

>・・・「李香蘭」の企画演出はいうまでもなく浅利慶太氏。浅利氏はこう書いている。「若い俳優に台本を読ませて愕然(がくぜん)としました。私たちがあれほど苦しみ心の傷跡を残している歴史を彼らはほとんど知らないのです」

▲それはそうでしょう。戦前=暗黒で塗りつぶしておいて歴史を知れは無理。

>私(早野透)が若い政治記者だったころは、山口淑子さんを始め迫水久常、源田実といった戦争の時代の生き証人ともいうべき人々が国会議員でいた。もっとじかに歴史の話を聞いておけばよかった。

▲それなら自分も歴史無視で全共闘していたなら同罪だろうに。

>今は国会議員もすっかり入れ替わって「戦争を知らない子どもたち」の世代が主流になりつつある。それはいい、しかし心配なのは、いかにも彼らは歴史を知らない、いや知ってはいるだろうが、歴史を「感じていない」ように見えることである。この世代の代表格は官房副長官の安倍晋三氏。

▲だれも自分の生年は選べない。『歴史を「感じていない」ように見える』の曖昧語で安部氏を罵倒。

>「私たち昭和の後半に生まれた若い世代が平成新憲法をつくっていく必要がある。一から書き直す気持ちで」「そうして初めて我々は戦後の呪縛(じゅばく)から解放される」   私たちが生きた「戦後」、ともあれ平和と繁栄を取り戻した時代は、彼らにとっては「呪縛」なのか。保守政治に身を置くということは、過去との対話、歴史への敬意を持ちつつ新しい発展をめざすということではないのか。

▲ここでも新憲法をつくることがなぜ「過去との対話、歴史への敬意」無視になるかの論拠は示さぬ無能ぶり。

>有事法制論議で、相手がミサイルを撃って来る前に相手の基地をたたけという「敵地攻撃論」を仕掛けたのは民主党の若い議員だった。イラクへの自衛隊派遣だってニーズがあるかないかという議論だけでいいのか。民主党のホープ枝野幸男政調会長は「必要性と合理性で政策判断していく」というのだが。いずれ君たちが政治のトップを担う時代が来る。だが、そう簡単に切り捨てないでほしい、僕らまでの世代の苦しかった、しかしいとおしくもある歴史への思いを。

▲「敵地攻撃論」がなぜいけないかの説明こそ歴史を知る?早野透のつとめ。自分の義務を放棄していつもの情緒的ツブヤキに逃げてはいけません。尾崎秀実や桐生悠々の諸先輩に見習ったら。
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