Re: 風とロック
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/10/16 01:28 投稿番号: [82 / 262]
戴国輝という人は、
★1931年 中国台湾省桃園県に生まれる
とあります。さすが左巻き反日の岩波書店。
この「中国台湾省」は、いつ見てもハラがたちますね。
わたしの学生時代のテキストの地図でも、「中国台湾省」「東中国海」
ですものね。
今、李登輝友の会が、日本における台湾のかたのパスポートを、
あらためさせようと外務省に働きかけています。
台湾は、ただの一度も中共の支配を受けたことはありません。
★祖籍は 広東省梅県
本人は台湾生まれでも、親か祖父母の時代に大陸からやってきた人のようです。
★1955年 来日
★1966年 東京大学農学研究科(大学院)博士課程終了
★この本がかかれたときは、立教大学文学部教授
ということでした。
本を読んでいてあまりいい印象を持ちませんでしたが、しかし、
中国近現代史の本を何冊か読むと、その全部が日本人にとって
いわゆる自虐史観に満ち満ちていて、
これをすべて真実だと思っていたのだな、と内心忸怩たるものがあります。
ネットの情報では、そういった本に書かれていることとは異なる
真実の資料や証言がやまほど出てきます。
~~~~~~~~~~~~~~
さて、わたしがはじめて台湾に行ったとき、内心少しビクビクしていました。
台湾は日本の植民地支配を受けていましたし、朝鮮人の怒りからして、
日本は台湾にもひどいことをたくさんしたのではないだろうか。
親戚の台湾からの引揚者の人の話を聴いても「たしかに差別はあった」
と証言しているのです。
だから、日本人が行っても、あまり歓迎されないだろうと。
ところが、老年のガイドさん、日本人大好き大歓迎、驚きました。
「日本人は警官が『おい、こら』と威張るくらいで、差別などはなかった」
といわれるのです。
龍山寺に行く途中、そのガイドさんは、
「このあたりはスラムで、人生の敗北者が住んでいます。
こらんなさい、あの道を歩いている人の★うちひしがれた★様子を」
と言って、こちらはビックリ。
「うちひしがれた」という形容に、なんともいえない思いが・・・
「いいえ、そんなことはありませんよ、みなさん普通ですよ」
とおかえししたのですが。
あと出逢った方々も、みんな日本人大好き・大歓迎、
こわそうなやくざのおじさんみたいな人でも。
ですっかり安心し、嬉しくなりました。
ガイドさんはとても親切なかたで、自由行動の日、
わたしはちょっと目的があって、行きたいところがありました。
するとガイドさんは、ご自分の休みを返上して案内してくださったのです。
お礼に、蒋介石のコックをしていた人のお店に行って、お食事をご一緒し、
些少ですがお礼をさしあげましたところ、
なんとその年の12月、そのガイドさんからお歳暮が届いたのです。
日本の九州のデパートからでした。
きっと、九州に観光におみえになられたのですね。
台湾のかたの心の温かさには、いつもいつもほんとうに感謝しています。
話はかわりますが、
台湾の林田桶店というのは有名ですね。
今、経営者は台湾人ですが、戦前からの日本人の名まえをそのまま
ひきついでくださっているのですね。
ヒノキの風呂桶などをつくっていらっしゃるのだとか。
上記とは別のときですが、台湾に行ってお店の前をとおったことがあります。
ということで、ではまた。
.
★1931年 中国台湾省桃園県に生まれる
とあります。さすが左巻き反日の岩波書店。
この「中国台湾省」は、いつ見てもハラがたちますね。
わたしの学生時代のテキストの地図でも、「中国台湾省」「東中国海」
ですものね。
今、李登輝友の会が、日本における台湾のかたのパスポートを、
あらためさせようと外務省に働きかけています。
台湾は、ただの一度も中共の支配を受けたことはありません。
★祖籍は 広東省梅県
本人は台湾生まれでも、親か祖父母の時代に大陸からやってきた人のようです。
★1955年 来日
★1966年 東京大学農学研究科(大学院)博士課程終了
★この本がかかれたときは、立教大学文学部教授
ということでした。
本を読んでいてあまりいい印象を持ちませんでしたが、しかし、
中国近現代史の本を何冊か読むと、その全部が日本人にとって
いわゆる自虐史観に満ち満ちていて、
これをすべて真実だと思っていたのだな、と内心忸怩たるものがあります。
ネットの情報では、そういった本に書かれていることとは異なる
真実の資料や証言がやまほど出てきます。
~~~~~~~~~~~~~~
さて、わたしがはじめて台湾に行ったとき、内心少しビクビクしていました。
台湾は日本の植民地支配を受けていましたし、朝鮮人の怒りからして、
日本は台湾にもひどいことをたくさんしたのではないだろうか。
親戚の台湾からの引揚者の人の話を聴いても「たしかに差別はあった」
と証言しているのです。
だから、日本人が行っても、あまり歓迎されないだろうと。
ところが、老年のガイドさん、日本人大好き大歓迎、驚きました。
「日本人は警官が『おい、こら』と威張るくらいで、差別などはなかった」
といわれるのです。
龍山寺に行く途中、そのガイドさんは、
「このあたりはスラムで、人生の敗北者が住んでいます。
こらんなさい、あの道を歩いている人の★うちひしがれた★様子を」
と言って、こちらはビックリ。
「うちひしがれた」という形容に、なんともいえない思いが・・・
「いいえ、そんなことはありませんよ、みなさん普通ですよ」
とおかえししたのですが。
あと出逢った方々も、みんな日本人大好き・大歓迎、
こわそうなやくざのおじさんみたいな人でも。
ですっかり安心し、嬉しくなりました。
ガイドさんはとても親切なかたで、自由行動の日、
わたしはちょっと目的があって、行きたいところがありました。
するとガイドさんは、ご自分の休みを返上して案内してくださったのです。
お礼に、蒋介石のコックをしていた人のお店に行って、お食事をご一緒し、
些少ですがお礼をさしあげましたところ、
なんとその年の12月、そのガイドさんからお歳暮が届いたのです。
日本の九州のデパートからでした。
きっと、九州に観光におみえになられたのですね。
台湾のかたの心の温かさには、いつもいつもほんとうに感謝しています。
話はかわりますが、
台湾の林田桶店というのは有名ですね。
今、経営者は台湾人ですが、戦前からの日本人の名まえをそのまま
ひきついでくださっているのですね。
ヒノキの風呂桶などをつくっていらっしゃるのだとか。
上記とは別のときですが、台湾に行ってお店の前をとおったことがあります。
ということで、ではまた。
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これは メッセージ 80 (nipponndaisuki003 さん)への返信です.
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