地学雑誌 第201号

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P660 イントロまで

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2012/05/23 05:40 投稿番号: [4 / 23]
隠岐國竹島に関する舊記(承前)

さて夫より三年を過て、元録十一年(西暦1698年)の秋、米子の市人・村川市兵衛、江戸に出て愁訴に及べり(竹島図説)。其の後は如何なりしやらん。何事も聞き侍らず(弘、按ずるに官に此の村川・大谷両人が呈せしといへる此島の事を書き書あるよし聞けり。然れば其書といへるものは、此時の呈書かと思はる。余も此の呈書を見まほしく、累年探索すれども、いまだ得ざること遺恨なり)。然るに其後二十八年を過て享保九(1724年)甲辰の年江府より因州家へ。台聞有て、但し米子は荒尾但馬の食邑なれば同氏へ令して之を止さしめられしとかや。然るに其時彼家より、此両商の呈する所の書を謄写して、大夫池田豊後より官へ呈せしとかや。


第二   地理
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/chigaku-1905-201/
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