Re: 作家呉濁流
投稿者: sunshinegold04 投稿日時: 2010/09/29 09:14 投稿番号: [98 / 825]
unhoo様:
呉濁流の戦前、戦後の批評遍歴がかなり定着していたことが解りました。
日本留学中、経済的に苦労した楊達の評価はどうでありましたか?彼は
台湾で始めて創立された農業組合が鳳山であり、そこで妻としりあいました。
公学校6年間級長であった彼も、台北高等学校の尋常科を受験して失敗し、
担任の紹介でお茶研究所の事務員をして翌年、台南二中に入り日大に留学
したのです。全国応募作品で「新聞配達夫」が2等に入選して有名になったが
共産党に入党して活動をつずけたので逮捕、禁固で苦しい生活で終始した。
その間、元担任、町の警官、下宿の主人、大学教授の援助は多数であったが
主義が危険だと平常の生活はできなかったらしい。多くの援助者からの
援助に助けられていたが、共産、農民活動などで、援助が難しい立場に
立たせたそうです。当時の共産主義者には特高が監視していた時代でしたから。
楊達の「達」のしんにゆうへんの中がちがいます。でてきません。
これは メッセージ 97 (unhoo さん)への返信です.
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