Re: 台湾を語る〜〜〜
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/10/19 03:57 投稿番号: [704 / 825]
natunokaze001様:
1946年3月1日、高雄港の第2か第3の埠頭で午後3時でしたか
情勢の中華軍(国府軍)憲兵によって(女性が多かった)上半身を両手を挙げた
カッコウで身体検査をうけました。生まれてはじめての両手を挙げたすがたでありました。煙草好きの父の為に内ポケットに金鵄を一箱持っていましたが没収されました。きれいな憲兵の正装姿の国府軍でありました。乗船が
3時半でしたか、5時まで出航しませんでした。待つもう間は不安でしたね。既に50年も経た日本統治でしたから、港の入り口の岸壁の先端まで
本島人たちが日の丸の旗をふって送ってくれました。あの灯台の下を通過するとき、私はもう2度と見られぬ高雄の港だと凝視していました。港を出た途端右に舵を取らずに左に下って走行し始めたのは驚きでした。ヴアシー海峡に出て東に(左に)曲がり、再度左に(北へ)曲がり、東部の沿岸沿いに日本に
むかいました。昔のポルトガル人が船上で麗しの島と呼んだ感じでしたね。機雷がうようよ浮いていました。風の便りに叔父が台湾ー日本の引き揚げ船
の船長もしていると聞いていたので、もしやと楽しみにしていましたが?
久しぶりに銀飯をたべた人もいたようでした。
これは メッセージ 703 (natunokaze001 さん)への返信です.
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