Re: 台湾を語る〜〜〜
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/10/16 02:37 投稿番号: [700 / 825]
natunokaze001様:「九段の母」、「岸壁の母」は美空ひばりが歌って戦後を明るく
してくれました。之につずいたのは「異国の丘」でありました。そして,「モンテンルパの丘(?)」でありました。もちろん渡辺はる子ですね。
意味の解らぬ歌で「上海帰りのリル」が聞こえていました。シベリヤからの日本軍捕虜の帰還は昭和29年にはじまりました。「ダモイ(帰国)」とか「暁に祈る」とかの新語が飛んでいました。痛ましいニュースは新興丸(?)が満員の兵士と家族を乗せて舞鶴の港の口で上陸順番を待機する間にかなりの女性が甲板から飛びこん込んで自殺したことです。これらの女性は満州で邦人集団が港に向けて歩きとおしている間に、列車で移動している間に文化のないソ連軍兵士に要求されて自分たちの集団を守るためにいつも3−4人が身を投げ出して犠牲になりました。ほとんど帰ってこなかったが、少数無事に乗船できたとき、自分が身重であるのをしりました。戦前の日本社会だけを知る
彼等はそこでの生活は受け入れられないのを知った連中でした。実は日本にはすでに混血児の収容施設が充実していたのですが。
これは メッセージ 699 (natunokaze001 さん)への返信です.
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