Re: 台湾に関する歴史〜〜〜
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/03/11 04:10 投稿番号: [346 / 825]
natunokaze001様:
美濃部たつきちを巻き込んだ天皇機関説はいずれも天皇と憲法との位置関係
に政治家や軍部を巻き込んだ軍部の宮中側近を排除しようとする操作でした。側近の穏健和平分子が抱く憲法解釈を叩いて連中に責任を取らせて、重臣達をつぶす策でした。美濃部さんはまず最初のターゲットにされた次第
です。天皇機関説は三つの節に分かれていました。1)は明治憲法(帝國憲法)に言う天皇の絶対的権威をみとめる。だが天皇はそれを駆使しないで国家の上に乗っただけの機関、
2)天皇亜国家を統治することm陸海軍を総指揮することも一応認める。そして議会や内閣の権限を、天皇の持つ大権威に対して相対的に認め、徐々に
それを強めて行く美濃部さんの説。
3)天皇の権威はそんな者じゃ無い。絶大であり、国家主権の絶対である。この力を借りて国家を拠りよい方向に運営しようとする説で北一輝が中心人物
でありました。日本は3番目の方向に進み敗戦となりました。昭和時代は
天皇ん名のもとに全てが決定進行しました。2−26事件以後です。戦争に
勝っていたら、政党政治家がもっと強烈な集団であったなら、どうなっていたでしょうか?天皇機関説で美濃部さんは京都帝大の職をさりましたが、結果は最悪の軍部の統帥部の思いになってしまった日本でありました。
これは メッセージ 345 (natunokaze001 さん)への返信です.
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