台湾を語る〜〜〜

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Re: 台湾に関する歴史〜〜〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/03/09 04:53 投稿番号: [344 / 825]
natunokaze001様:確かに天皇機関説の主張が統帥派論理であったのでは

無いのですが、主張する根底には満州事変、シナ事変以後は軍部は統帥派

一色でありましたね。天皇の地位を明確にしたいのは、軍部の最高指揮官は

天皇でありましが、是は良いのですが、同時に行政の長も天皇であり、軍部

と行政議会がぶつかり合うとしまいにはこのこじれた議論は天皇のところ

まできました。そして陛下を悩ましました。強いて言えば今の官吏、政治家

などはすぐ派閥をつくり内輪喧嘩をしますが、軍部も同じく統帥派、皇道

派とつくり仲間で斬り合い、内輪で騒動しているうちに周辺の国家は日本

攻略を進めていたのです。今の日本の政治家の毎日と似ています。

もっと詳しく言えば宮中の中での陛下側近の穏健派とこれ等を宮中からはずして
しまいたい強硬派(平沼騏一郎など)と西園寺公望、牧野伸顕、鈴木貫太郎

などの穏健和平論者達です。この強硬派に軍部がくっついて、美濃部達吉

の(京都帝大、憲法学者)の天皇地位論がけしからん記述があると、美濃部を

槍玉に挙げて其処から天皇側近派を除く意図から始めた運動でした。天皇

機関説はみっつの理論が存在しました。その中の一番厳しい極論に日本は

落ちてゆきました。軍閥が天下を闊歩して戦争へ持っていったのは軍部と結託
した政治家が進めたのです。美濃部さんが意図した論理は政治家と軍部の中間

的な論旨でしたので昭和12年頃には彼の説は完全に敗退したのです。三つの
機関説は後で説明してみたいです。台湾人の貴方から美濃部機関説を聞いた

のはびっくりしました。是も台湾のある時期の重要な歴史の一部ですね。
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