Re: 台湾に関する歴史〜〜〜
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/03/02 05:31 投稿番号: [328 / 825]
natunokaze001様:
昭和18年3月頃に戦時標語がでてきました。「撃ちてし止まん」でしたね。国民学校生は始めた喧嘩はさいごまでやり通せといってやりましたね。すべての情報が調子良いと思ったらそうで無くて、4月に山本五十六中将が
ブーゲンビルの上で待ち構えた敵機に会い戦死しました。高官の動きも握られて居tのですから諜報負けでありました。米国は、飛行機を落とすのは、
簡単であるが、この戦死でもっと上出来の将官が1−2人も居て司令長官に
成るのは困るからどうすれば良いかと諜報部に聞いたら、日本人にとっては
山本を打つのは、米国の二ミッツ(米国太平洋艦隊司令長官)と同じ位の
打撃でるともうしたとか。二ミッツはすぐP-38戦闘機をとばしたそうです。
帰還報告の中に、「獲物袋のかもめの中に、孔雀が一羽混じっていたそうだな」とハルゼー長官(責任者)が打電に書いそうです。実に舐め切っていたのです。もっと護衛機をと申すパイロットに数少ない戦闘機を考えて最小の
9機で28機の相手ではかてません。しかも相手は無傷でありました。
これは メッセージ 327 (natunokaze001 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835412/bfoqa4r8la4ka1aa1aa1a_1/328.html