Re: 台湾の劉さんに会いたい。奇跡66年目の
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2012/09/14 07:53 投稿番号: [5 / 10]
Senkaku Islands様:
千葉県の岡本英世さんが日本に戦時中出てきて工場で勤労した台湾からの劉さんの子尾tが忘れられず、82歳になって今一度あいたいと願い、友人の助けで探しだしたおかげで再会が実現したとゆう筋書きはなつかしいものです。私も台湾に飛び1992年からCA.州のロスから探すこと二年間、台湾、日本、スペイン、米で台湾南部の国民学校の同級生を12-13人探しだしました。時既に62歳、グレイの薄い髪の毛の昭和20年の3月の卒業式を後輩諸君の
前で「桃太郎と、仰げば尊し」の合唱で50年遅れた卒業式で送ってもらいました。1994年の12月4日の晴れた空爆の音もない平和な卒業式でした。当時の校長先生の名前で当時の国民学校の名前で一人ひとりが卒業証書を受け取りました。戦後苦労の連続を乗り越えた同級の目から大粒の涙が落ちていました。メデヤの会見には本島人の同級に応対してもらいました。メデヤの質問は当時では本島人の貴方たちは差別を受けていたかどうかでした。友はそんなことは同級生からも特に先生からも受けた時がなかったと答えたと通知してくれました。92年に中正国際空港に家族で迎えてくれた彼の手に大きなサイン「おかえりなさい」が目に入った瞬間、「俺は湾生だったのだ」と思いを馳せたのです。事実、6歳で台湾の住人になったのです。
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