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Re: taiwanarukiさんへ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/10/21 21:02 投稿番号: [4410 / 5305]
「なぜアメリカへ行ったのか?」「なぜ天気の変わりやすいこの時期に行ったのか?」今更こんなことを言っても、もはや、彼を生命の終点になった旅から呼び帰すことはできない。

台湾プラ企業の創始者王永在の息子で台塑石化の董事長である王文潮は霊堂で悲しみを忍んで言う、「信じられない、創始者王永慶はまだ生きているような気がする!」

「これほどの年齢の人を、家族たちはなぜアメリカの旅へ行かせたのだ」.
台湾プラスチックの従業員だけでなく、王氏の家族や親戚友人の間でも問答が持ち上がったが誰も答えられなかった。

いったいアメリカに王永慶氏自身でなければ処理できない事があったのか?王永慶氏は出かける前に医者に相談したのか?王氏の医療チームの許可を取ったのか?もし王氏の今度の旅行がなかったら、このような突然の逝去がなかったのか?こんなことを考えてもすべて後の祭りだ。たとへ答えが出ても企業の巨人王永慶は呼び戻せないのだ。

わかっていることは、王氏には脊椎と膝関節の痛みがあって、歩行に不便があることだ。そほかは、健康が良好である。彼がやりたいことは誰も止めることができないし、彼がどうしても行くと言ったら、行かせてはならない理由は存在しないのだ。

今やアメリカのニュージャーシー州は王氏一家の傷心の地となった。この地は王永慶氏生前の最も思い出のある土地で、彼はニュージャーシー州の台湾プラスチックアメリカ会社に特殊の愛情を抱いている。

麥寮六輕ができる前は、台湾プラスチックアメリカ会社が台湾プラスチック集団のうちで唯一の上、中、下游整合の石油化学区であった。王永慶がゼロから出発して、一手に育てた工業区であって、彼は我が子のように創造、養育して、アメリカの台湾プラスチック社の成長を見たのである。

王永慶はアメリカの台湾プラスチックに特別の愛情を抱き、最近二年のほかは、以前は毎年(?   ここの化け字の推定不可能のため、毎年なのか一年おきなのかわからぬ)アメリカへ業務視察に行った。いつも旧暦の春節期間にニュージャーシーに着いた

働き者の王永慶は、時間をうまく利用する。旧暦の春節期間台湾は休暇であるが、アメリカでは正常に仕事とをする。王永慶にとって、休暇は余計なことであろう。アメリカへ行ったら平素のように仕事をすることができる。中国人のお正月のために、自分に休暇を強制することはないのだ。

王永慶の今回のアメリカ旅行は、台湾プラスチックアメリカ会社の業務視察でもあったが、金融津波の後の第一時間にアメリカへ行って実際の状況を観察する目的もあったので、止められても聞かなかった。それが思いがけずもそれが生命の最終点への最後の旅となった。
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