鰻の蒲焼
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/07/10 20:09 投稿番号: [8436 / 8451]
>台湾では、備前屋だったかな?
レス:わしは戦前でも高雄の日本料理の料亭で正式コースの鰻飯が食えた果報者であった。わしの親父が振舞ってくれたのである。父は大会社の社員だったから、そのような場所で商談をすることが度々あったらしい。あるときボーナスが沢山出たから、自腹で家族にごちそうしたのであろう。わしはその後もなにかにつけて、戦前にも戦後にも鰻の蒲焼を食った。
今から7年か8年前、中学校の台湾人同級生S君が盛んに「大正町の備前屋へ鰻飯を食いに行こう」と誘う。あそこは戦前は大正町と言っていたので、わしらの仲間は今でも大正町と呼んでいる。そのうちに、そのうちにと引き延ばしていたが、とううとう日時を約して食いに行った。食い終わると、店の外に行列を作っている人たちに遠慮してすぐ立って、近くの喫茶店に入り「どうだったか」と、S君はわしの意見を求めた。とてもうまかったという答を期待していたらしかったが、わしはそのときS君の気配に気がつかなかったので、「うん、一度食いに来たからもういいよ」と薄情な答をした。
後日思うに、S君は純台湾式の家庭に育ったから、一度も鰻の蒲焼を食ったことがなかったらしい。それが齢80に近くなって、備前屋の噂を聞き、食いに行ったところ、この世の物とも思われないほどうまかったので、これは親友のあいつに紹介せざるべからずと、わしを誘ったのだろう。
その親愛なるS君は2年前に他界した(涙)。
これは メッセージ 8435 (joken717 さん)への返信です.
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