Re: 台湾・台北の旧地名の場所
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/08/05 02:45 投稿番号: [308 / 1484]
nagai538jp様:
2011/8/4のメッセで叔父が名古屋工業大学を卒業して満州へーーーは名古屋工業専門学校(土木工学)をへて、が戦前なので正しいです。台湾の昭和18年頃の官立の学校をかいてみます。大学は台北帝国大学(名古屋帝大、大阪帝大より早く創設)が4年間;中等学校5年終えて進むのが台北高等学校、台北高等商業専門学校、台中高等農林専門学校、台南高等工業専門学校、がありました。台北帝大に予科がありまして、中等学校卒から入学しました。特異なのは台北高等学校に中等学校相当の予科がありまして、州から一人か二人の優等生だけが合格した難関でした。大都市には師範学校がありまして、台北、台中、台南、屏東に(東海岸にはあったのかしりません)国民学校から入学する本科と尋常高等科を終えてはいる二種類の課程がありました。公学校から多くの生徒が受験した(経費がかからない)ので20倍の
難関は日常的でありました。私立の高女で得異な長英高等女学校が台南に
創設されました。英国人の宣教師が建設したキリスト教を奉ずる私学で苦労して認可をとった本島人エリートたちの教育熱のおかげです。寮に住む子女は当時からベッドに休む西欧式の生活を習得したハイカラな女学校でした。
南部の高雄州には高等教育の機関がなくて、商業都市として繁栄したにも
かかわらず中等学校までで、それ以上の教育を希望する者は、台南や台北に出たものです。内地に留学したものが多いですね。台北に台北医学院(?)という名の医学専門学校がありました。医学校としては一番古い専門学校でした。戦争末期には中等学校、専門学校、高等学校などは卒業期限を1年短縮したものです。案外知られないのは台南に台南高等商業学校がしばらく存在しましたが、やがて台北に移動して台北高商に併合しました。
間違いがありましたら校正してください。
これは メッセージ 304 (heitotakaohonors さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835412/bfoqa1a6bfkla4n5lcolbea4nbelbdj_1/308.html