Re: 大本営が国民を騙したという戦後の通説
投稿者: heitotakaohonor 投稿日時: 2009/06/01 15:16 投稿番号: [94 / 1869]
unhoo様:
台湾沖航空戦の索敵機が少ないのも原因であったが、台湾軍の攻撃編隊の
成果を確認するパイロットの未熟が問題でありました。米国は第3艦隊と第
5艦隊をハルゼー(猛将)とスプルーアンス(冷静な提督)に二つの機動部隊の司令を交互にさせた。その上にいたのが、例の沈着、事務屋のチェスター・二ミッツ太平洋艦隊司令でありました。その上司がアーネスト・キング
海軍大将で米国海軍司令長官で作戦部長であります。海軍兵学校では成績は
下の順位で卒業した者ばかりでした。全権を与えた代わりに、失敗すると全責任をとらされました。真珠湾攻撃で当時の作戦部長(軍令部部長)のスターク中将とキンメル太平洋艦隊司令は責任を取らされて直ぐ辞任させられました。婦人と息子が無くした父上の名誉回復の訴訟で68年後も回復できません。スプルーアンスはMidway海戦で手柄を立てたが、キングより1年上級のハルゼーは台湾沖航空戦を指揮した日本にとっては憎むべき提督だが、海兵に入れずに、母親が大統領に推薦を依頼してやっと入ったぼんくらであったが、海軍切っての勇猛な実行型で米国には戦果を挙げたのである。翌日東海岸沖を北上していたのは彼の機動部隊であった。大本営参謀でこの戦果が
おかしいと直ぐ台湾へ飛び、調べた結果上がった火柱全部を各戦艦の轟沈と
勘定したとの結論を得て、打電したが、参謀たちが是を首相に伝えずに隠匿
したらしい。それにしてもグアム、サイパン、硫黄島の次に沖縄に直ぐ上陸
するとはかなり意外な攻撃でありました。大本営発表は五部の真実、五部の
偽という割合では無かったですかね。転進とかの新語で小学生の私は誤魔化されたという感触は今もありますね。官吏の言うことはそれ程、信用が置けるものではないですね。屏東飛行場の246機の艦爆、戦闘機が航空戦後、
26機しか残っていませんでした。このとき戦争は負けているなと痛感しました。
これは メッセージ 93 (unhoo さん)への返信です.
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