Re: NHKが引用した皇民化運動はいつだれが
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/11 22:46 投稿番号: [56 / 1869]
isamu_table1363 さん
横レスです。
皇民化政策の元祖は、第17代台湾総督 小林躋造(こばやし せいぞう)とされています。小林総督の在任期間は、1936年(昭和11年)9月2日 - 1940年(昭和15年)11月27日の約4年3ヵ月です。
彼の在任中、日本内地の政治家の間では、小林は熱心に皇民化政策をやって台湾人の反感を買っているから退職させろという声が上がっていたらしい。小林総督自身でも皇民化政策をやっているつもりだったらしい。当時旧制中学の生徒だったわしは、自分自身がすでに日本語を常用語にしているた人間だったから、いわゆる皇民化政策は平気でした。
今から考えると、当時は日本人全部が皇民化教育をされていたのであって、台湾人だけではありません。その時代の日本帝国の教育は、知識と一般道徳を教えるほかに、特に忠君愛国の精神を養うことが重視されました。その点は日本内地でも台湾でも同じだったのですが、台湾人に忠君愛国を教えるときだけは特に皇民化教育と言ったのです。
人民の宗教への干渉については、台湾には道教に起因する土着の宗教が歴史は永く、人心に深く食い込んでいたので、官憲の干渉は、かなり目立ちました。しかし日本内地でも、各種新興宗教に対する干渉はひどいものでした。ただ日本の新興宗教はまだ勢力が弱かったから、目立たなかっただけです。
小林総督自身でも「皇民化教育」という特殊教育をやったつもりだったらしいが、実は日本でやっていた教育にそれまでよりももっと近づけただけです。戦後生まれの日本人は、小林がやった皇民化教育とは、台湾人を差別した教育(たとえば程度の低い教育)だと思うかも知れないが、実は教育をますます日・台平等化したのです。
なお、小林躋造氏は海軍大将でした。昭和12年に、時の政府の内部紛争のために、小林氏には何の関係も責任もないのに退役させられました。しばらくしてから小林氏才能を惜しんだ人々の推薦で台湾総督に任命されました。彼は海軍軍人としては偉大な人物で、大正時代から世界の情勢を見抜い、一貫して対米英協調派でした。また、早くから飛行機の重要性に気がついて、海軍の中に航空隊を設立した人です。
彼は日本敗戦後の昭和37年に85歳で亡くなりました。彼の墓(故郷の広島県にある)には名前だけ刻んで、海軍大将とかの文字はないとのことです。わしの勝手な推察ですが、海軍軍人として国を救うことができなかった責任を感じて、名前のほかは何も刻むなと遺言したのではあるまいかと思います。
これは メッセージ 55 (isamu_table1363 さん)への返信です.
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