台湾の2−28事件で暗殺された日系弁護士
投稿者: heitotakaohonor 投稿日時: 2009/04/14 04:54 投稿番号: [24 / 1869]
natunokaze001様:
1907年、台南で日本人警官と本島人女性の間に生まれた湯徳章は台南師範
に在学していたが、父が早く死んだので、中退して警官をしていた。意見
衝突でやめて叔父を頼りに、内地の中央大学法科に学び、司法試験を通り、
台湾に帰ったのが戦争前であった。弁護士事務所を開業して、終戦後も
台湾に留まった。2−28事件処理委員会台南支分会で治安部長、台南市長
候補の一人になったとき、3月11日に市内に侵入した中華軍に逮捕された。
このとき中華軍の包囲の中で時間を稼ぐ間に、関連文書を全部焼却したのである。この為に
多くの委員会の友人たちがその後救われたのです。一夜の拷問の後、市中
引き回しされて、処刑されました。一回もひざまずくことが無くて、笑い、
毅然とした態度で、死を遂げたといわれます。相当の日数を経たとき、台湾
高等法院から『無罪判決』が通知されたが、最終結論を待たずして、処刑
した中華政府か軍部の責任は残っている筈である。まして、台湾慣習から
推察すると多くの師弟が父親の国籍に入っているのが普通であるとすれば、湯徳章氏は
日本の父親の現籍地に登録されている日本人ではないだろうか。この外国人
を殺生したのも法規に照らして見れば不届きな殺生であっただろう。
これは メッセージ 23 (natunokaze001 さん)への返信です.
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