Re: 林田桶屋店
投稿者: heitotakaohonor 投稿日時: 2009/10/05 02:37 投稿番号: [215 / 1869]
unhooさん:
林田桶屋の主人が公学校をでてから、日本人の桶屋の大将に弟子入りした後は、とても厳しい徒弟の習慣、匠の技を教えてもらったそうですね。何度も途中で辞め様とおもったとか。古い客が今でも桶を買いにくるとか。日本から買いに来た物好きもいたそうです。
童謡ですが、公学校用の同様と決める基準は何だったのですかね?歌い易い、難しい言葉が入って居らぬとかでしょうか。
村の鍛冶屋は鳳山街の東側に下淡水の支流から水坑に引水した傍で4−5軒
鍛冶屋が集まっていました。夏の昼間に「トンテンカーン」と響く音がひときわこの童謡を覚える動機になりました。「里の秋」はラジオ体操のうたでしたかね?「お背戸」とは裏庭の戸ですかね、裏庭には何処にも果樹の木が
生えていましたね。鳳山では木瓜、バナナ、竜眼が大空向けて伸びていました。戦時中の末期の高雄官舎には果樹がみえませんでした。防災の意味から
州庁から来た消防署員がきりたおしたそうです。もう鳳山の市内を流れる水
坑は戦後の営繕が悪い為か、細く、諸所で詰まり、水量が少なく、少し臭いもしていました。まだ鍛冶屋はありましたが、全員戦後派でありました。
これは メッセージ 213 (unhoo さん)への返信です.
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