228当時の高雄警備司令官膨孟糸絹の悪業
投稿者: heitotakaotak_0125 投稿日時: 2013/02/10 08:58 投稿番号: [1855 / 1869]
1947年の2月ー3月の高雄の治安は戒厳令下みたいな情勢で300人の膨孟糸絹司令の部下が高雄市内に入り、無差別に街を歩く人は狙撃を受けて死者が2700人も出た挙句、愛河に投げ込まれた
とききます。愛河の水(戦時中、高雄川と申した)が赤く染まったと同級生が申しました。治安と行政改革の交渉で高雄警備局に来た代表3人が膨に射殺されました。其の一つは警備司令局の武装解除を求めた林介、徐光明、曾鳳鳴の3人であった。治安を武力で治めた功績が認められ、膨は総司令官、参謀長、に栄転してその後は駐日大使に任ぜられた。日本政府は大使の認定要請を許可して、多少の調査に
よる不適格性を表現しなかった。その後の台湾からの留学生の日本での自由な発言、行動が極度に阻害
されて後、反中華的として逮捕、尋問されて台湾へ強制送還された学生も出た次第です。
膨駐日大使の膨は月偏がない。
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