杜聡明の古希(70歳)を迎えた時。
投稿者: heitotakaotak_0125 投稿日時: 2013/02/04 08:38 投稿番号: [1846 / 1869]
夏の風001様:
杜聡明は漢文にも熟知、台湾語を戦後も遣い、講義を果たした。誇りがあったのですね。大陸からの学生は不満で北京語で講義をしてほしく要請した。杜聡明は北京語にも達者であった。だが学生に台湾語を学べと諭した。古希感懐を読んで喜びを表現した:
古希感懐ー1;
哀惜光陰不秒軽
一生楽学理求明
雖無多少功存世
老馬長途儘力行
古希感懐ー2;
七十年来此世生
青雲雄志半無成
辛酸永楽皆嘗過
只有丹心照友情
私も高中で台湾語を教えて欲しかった。台湾語なら一寸は理解できたでしょう。毎日、6ヶ月間、
北京語を大陸の教師が容赦なく弾丸のごとく喋っていた。すぐ眠くなりましたね。
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