Re: 本島人の戦前の偉人たち。施乾の愛愛社
投稿者: heitotakaotak 投稿日時: 2013/01/25 04:52 投稿番号: [1825 / 1869]
natunokaze001様:
施乾が脳卒中で倒れたのが1944年それから敗戦までの1年間は2度も照子さんの結審を確かめた。昭和4年の昭和天皇の宮内省を通して、台湾での福祉厚生の功績に恩賜を授与されたのは、その基金と友人たちの支持で愛愛
寮の修理、増築を完成させた。台湾で骨を埋める覚悟で戦後照子さんは大陸からの流れ者についても収容していった。他の多くの施設は入居にはスポンサー、身元保証などの要求があったが愛愛寮ではそんな規則はなかった。やがて国民党もその必要性を認識して平常者に月2500元、身体障害者に月2600元が市から補助されることになった。収容者には月600元の小遣いが支給された。院長の照子夫人の他に娘が看護婦を勤め、非常勤の医師、会計、庶務、炊事係と数人で経営されたそうだ。わが身を粉にして働いた
全員の努力で創設者施乾の理想とした仁慈と愛護の精神は変わることなく,愛愛寮は今も受け継がれている。もう照子さんは引退、次の世代の経営になっているが、ナインテンゲールの精神そのもであった照子夫人に日本の賀川豊彦牧師の面影を見る次第です。
これは メッセージ 1824 (natunokaze001 さん)への返信です.
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