Re: 新しいトピたてずにはいられない!!
投稿者: heitotakaohonor 投稿日時: 2009/06/22 04:10 投稿番号: [110 / 1869]
natunokaze001様;
出来る範囲でひきうけましょう。Fixtion storyですかね。ご存知の如く、
海戦時期には山本五十六大将は連合艦隊司令長官を拝命しました。真珠湾
とミッドウェイでも山本が連合艦隊司令で全作戦と指揮をとりました。それを動かした艦隊艦長が南雲忠一中将で水雷屋であって、全艦隊艦長などは
自身経験がなかった。二人とも航空パイロットを初めとする経験皆無であった。山本は昭和18年には戦死、古賀峰男大将が後を継いだ。台湾沖航空戦は昭和19年10月12−14日までで、当時の連合艦隊司令長官は豊田
副武大将で旗艦がないので日吉の防空壕から陣頭指揮(?)をとった。終戦
5月前にやっと航空専門の小沢治三郎中将が陣頭指揮を取ったが遅きにしっした。アメリカの艦隊関係者(指揮者)はほとんど同時にパイロットであった。山本元帥(後元帥に昇級、国葬で迎えた)が戦死した後台湾沖航空戦が
ありました。私は鳳山の自宅の防空壕に釘付けになりました。あのB-29の
高度から胸をえぐる不気味なエンジンの音を聞きつつ不安と心配で伏せていました。高雄に引っ越した翌々日に我が家が爆撃されました。高雄では引越し後1ヶ月で両隣が焼夷弾で全焼しました。正月後、直ぐに台南州の玉井村に疎開しました。今度は簡単に米国側の艦隊仕組みをかきます。
これは メッセージ 109 (natunokaze001 さん)への返信です.
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