Re: 米国も大将首を取られた、苦境に落ち
投稿者: heitotakaohonor 投稿日時: 2009/06/17 06:15 投稿番号: [106 / 1869]
natunokaze001様:
米国機動部隊は当時第三と第五とあり、スプルーアンス提督とハルゼー提督
が両機動部隊を交互に指揮していた。4隻の航空母艦を持つ日本と2隻の空母で戦った米軍が勝利した。日本側が偵察に飛ばした偵察機3機をとばしたが、最初に飛んだのが雲の上をとんだので、敵機動部隊発見が30−40分も遅れてしまいました。雲の上を飛ぶのは基本を踏まない行動でミッドウエイは15分の差で負けたといいます。フレッチャーという提督中々北上できないので、それまでの功も無碍にされてアラスカーアリューシャン防衛にとばされました。新顔のハルゼーが東京無差別爆撃などで名前を挙げたのです。勝ったから英雄になったが、負けていたら戦犯は間違いないと本人が申しています。二ミッツと首になった穏健派は無差別爆撃に反対でありました。米国の考え方ですが、運命も功績、失敗の中に勘定されて采配するそうです。東郷元帥が連合艦隊司令に任命されたとき、とても運の良い軍人で有ると推薦の一つになり、明治陛下も承認したとききました。
これは メッセージ 105 (natunokaze001 さん)への返信です.
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