『大学』正心誠意 加地伸行
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/10/01 00:47 投稿番号: [598 / 735]
【正論】
立命館大学教授・加地伸行 「正心誠意」を海舟作とした浅学
2011.9.30 02:47 産経ニュース
琴奨菊が大関に昇進した。日本人の大関、久しぶりである。
その決定の前日、彼が受諾するときの挨拶において、どういう成句を
使うのか、と報道関係者が問うているシーンをテレビのニュース番組で見た。
横綱や大関という高位に即(つ)くとき、その覚悟を示すのに、
何か名句を使って応諾するのが慣例となっているらしい。
それなら、そのことばは当日に聞けばすむものを、
前日に聞いておこうというのは、もし意味が分からないと困るので、
前日に聞いておいて下調べしようという魂胆か。自信のなさである。
≪実は『大学』の有名なことば≫
ところが、なんと琴奨菊はあっけらかんと「ここから取ります」と言って、
表紙に『四字熟語』と大書した本を見せた。
おみごと。
私は琴奨菊の正直さに好感を抱いた。
これに反して、もし安物の政治家や知識人どもであると、秘(ひそ)かに
『四字熟語』級の安物の実用書をめくってめくって何か探し当て、いつも
心がけていると言わんばかりに「座右の銘」と重々しく述べるところである。
その典型が野田佳彦首相の所信表明演説の中にあった。
すなわち「正心誠意」ということばだ。
伝えられるところではこうである。
原稿では「誠心誠意」であったのを、
「正心」のほうがいいと言って自ら修正したという。
なぜそうしたのかと言えば、「正心誠意」は勝海舟の『氷川清話』の中にあり、
歴史小説ファンの首相は、勝海舟が政治の要諦として語った「正心誠意」
を取ったのだと諸報道は伝えている。
おそらく所信表明演説下書きに関わった首相周辺からの説明であろう。
驚いた、私は。
「正心誠意」ということばは、現代でもすこし漢文を学んだ者ならば、
まして江戸・明治期ならば5歳の幼児でも知っていることばである。
すなわち、「正心誠意」は、四書の一つである『大学』の
はじめあたりに出てくる超有名なことばなのである。
勝海舟はそれを引いたまで。
そのころの人は「正心誠意」ということばを知っていたので、
勝はわざわざ「『大学』に曰(いわ)く」などと出典を示す必要はなかった。
読む側も「ああ、『大学』のことばね」と思いながら読んだのである。
≪官邸の教養望むべくもなし?≫
ところが、近ごろは『大学』など知らないので、
勝海舟のことば、ああそうですかとなり、報道陣の一部は、財務事務次官が
勝海舟の子孫なので、次官につまりは財務省に迎合、
などとあらぬ妄想を逞(たくま)しくしたりしている。
いや、もっとだめなのは、首相を支えるべき複数の秘書官たちである。
「正心誠意」が「誠心誠意」と俗化されたことを知らなかったのは
許されるとしても、「正心誠意」を所信表明において使う以上、
その意味をしっかりと調べるべきであっただろう。
いやいや、首相秘書官という高官となるような人は、
すこしは古典の教養があるべきであろう。
次官を経て首相となった岸信介はいい漢詩を作っている。
内閣書記官長だった迫水久常に至っては、みごとな漢文を書いている。
しかし、もうそういうことは望むべくもない。
中国古典の入門書中の入門書、『大学』すら読み学んだことのない連中が、
政権や役所を担当しているのである。
もちろん、野田首相も『大学』を読んではいない。
本当に読んでいたのならば、勝海舟のことばという誤伝を必ず訂正させたはずである。
つづく
立命館大学教授・加地伸行 「正心誠意」を海舟作とした浅学
2011.9.30 02:47 産経ニュース
琴奨菊が大関に昇進した。日本人の大関、久しぶりである。
その決定の前日、彼が受諾するときの挨拶において、どういう成句を
使うのか、と報道関係者が問うているシーンをテレビのニュース番組で見た。
横綱や大関という高位に即(つ)くとき、その覚悟を示すのに、
何か名句を使って応諾するのが慣例となっているらしい。
それなら、そのことばは当日に聞けばすむものを、
前日に聞いておこうというのは、もし意味が分からないと困るので、
前日に聞いておいて下調べしようという魂胆か。自信のなさである。
≪実は『大学』の有名なことば≫
ところが、なんと琴奨菊はあっけらかんと「ここから取ります」と言って、
表紙に『四字熟語』と大書した本を見せた。
おみごと。
私は琴奨菊の正直さに好感を抱いた。
これに反して、もし安物の政治家や知識人どもであると、秘(ひそ)かに
『四字熟語』級の安物の実用書をめくってめくって何か探し当て、いつも
心がけていると言わんばかりに「座右の銘」と重々しく述べるところである。
その典型が野田佳彦首相の所信表明演説の中にあった。
すなわち「正心誠意」ということばだ。
伝えられるところではこうである。
原稿では「誠心誠意」であったのを、
「正心」のほうがいいと言って自ら修正したという。
なぜそうしたのかと言えば、「正心誠意」は勝海舟の『氷川清話』の中にあり、
歴史小説ファンの首相は、勝海舟が政治の要諦として語った「正心誠意」
を取ったのだと諸報道は伝えている。
おそらく所信表明演説下書きに関わった首相周辺からの説明であろう。
驚いた、私は。
「正心誠意」ということばは、現代でもすこし漢文を学んだ者ならば、
まして江戸・明治期ならば5歳の幼児でも知っていることばである。
すなわち、「正心誠意」は、四書の一つである『大学』の
はじめあたりに出てくる超有名なことばなのである。
勝海舟はそれを引いたまで。
そのころの人は「正心誠意」ということばを知っていたので、
勝はわざわざ「『大学』に曰(いわ)く」などと出典を示す必要はなかった。
読む側も「ああ、『大学』のことばね」と思いながら読んだのである。
≪官邸の教養望むべくもなし?≫
ところが、近ごろは『大学』など知らないので、
勝海舟のことば、ああそうですかとなり、報道陣の一部は、財務事務次官が
勝海舟の子孫なので、次官につまりは財務省に迎合、
などとあらぬ妄想を逞(たくま)しくしたりしている。
いや、もっとだめなのは、首相を支えるべき複数の秘書官たちである。
「正心誠意」が「誠心誠意」と俗化されたことを知らなかったのは
許されるとしても、「正心誠意」を所信表明において使う以上、
その意味をしっかりと調べるべきであっただろう。
いやいや、首相秘書官という高官となるような人は、
すこしは古典の教養があるべきであろう。
次官を経て首相となった岸信介はいい漢詩を作っている。
内閣書記官長だった迫水久常に至っては、みごとな漢文を書いている。
しかし、もうそういうことは望むべくもない。
中国古典の入門書中の入門書、『大学』すら読み学んだことのない連中が、
政権や役所を担当しているのである。
もちろん、野田首相も『大学』を読んではいない。
本当に読んでいたのならば、勝海舟のことばという誤伝を必ず訂正させたはずである。
つづく
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