紫陽花亭日乗

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【台湾】日本人はとても素敵だった 6

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/27 00:48 投稿番号: [570 / 735]
台南で生まれ育った町っ子の私には、あぜ道はとても歩きづらく、
ややもすると足を滑らせて転びそうになりました。

何しろリュックサックに両手に大荷物です。
気を付けながらそろそろと歩くのですが、所々に窪みがあって、
それにはまらないように飛び越えなくてはいけませんでした。

また、時々お腹を膨らませた大きなカエルが二本の足を地べたに立てて
あぜ道のど真ん中に座り込んで、こっちをにらみつけて通せんぼをするのに
出くわしたり、キチキチと鳴きながら羽を広げて飛んで来るイナゴに
驚いて立ちすくんでしまったりと、なかなかあぜ道を抜けられません。

やっとの思いで線路わきの砂利道にたどりついて、
ようやくホッと安堵の胸をなでおろしたものです。
そこから駅まではもうすぐです。

駅の中にはいると、左手に切符売り場があり、正面に改札口があります。
改札口の向こうには、上下線の四本のレールに挟まれた短い露天の
プラットホームがありました。

今ではもう考えられないことですが、当時、田舎の改札口には仕切りは
あるものの、かぎ型の掛け金で止めているだけで、簡単に外せて構内へは
自由に出入り出来ました。

しかし、こんな簡単なことでも法を破って薩摩守(薩摩守忠度=ただ乗り)
を演じる人は、聞いたことがありませんでした。

これは温和な台湾人がよく規則を守るからなのか、あるいは大岡越前守の
ような、理と知と情によく通じ、政治政策に長けた人物が多くいたから
なのでしょうか。
とにかく、日本の統治時代は安心して毎日が過ごせた時代でした。

今、戦前を振り返ってみると、
正直に暮らす人々、穏やかな世の中がよみがえってきます。

昼間店先に店番がいなくても、商品を盗まれる心配はなく、買い物客は
「ごめんください」と言って店先に立って、
店の主が顔を見せるまで待っていたものでした。
夜は戸に鍵を掛けなくても、安心して眠りにつくことが出来ました。

当時の台湾は、時間の流れが緩やかで、皆が平和に暮らす楽土であり、
宝島でした。
しかし、戦争が始まると徐々に事情は変わっていきました・・

つづく
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