カフェ美麗島

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カフェ美麗島;台湾人の息子、美談です!

投稿者: gogonip2007 投稿日時: 2012/10/02 14:44 投稿番号: [1423 / 1583]
いらっしゃいまし〜

さすが10月、涼しいです。
あはは、マスターは半袖・短ズボンでバカみたいな恰好。
室内は少々蒸す、屋外は日陰は涼しすぎる、日向は未だ暖かい、で服装が難しい季節です。
明日から長ズボン、長袖シャツにしましょう。

マダマダ台湾−日本間に在る「美談」、いっぱい在るはずなんだけど埋もれ安い。

>血縁はなくても親子 日本のお婆さんと台湾の「息子」2012/10/01
  旧暦8月15日の十五夜「中秋節」となった9月30日、北部・桃園県の翁東嶽さんは、大人になってから再会した“母”の節子さんと、再会後10回目の中秋節を過ごした。
  2人はかつての隣人で血のつながりはないが、心はしっかりとつながっている。

  「聯合報」が1日付けで報じたところによると、86歳になる北海道出身の節子さんは、戦時中に日本に留学していた中部・彰化県の呉錦元さんと知り合い、台湾に嫁いだ。
  結婚後に敗戦を迎え、日本の台湾統治も終了したが、節子さんはその後も没落した呉家を離れることなく、桃園に引っ越してからは、夫婦で旅館につとめ、必死に働いた。

  誰もが食べることで精一杯だった時代、子供が育てられず養子に出す人は多く、呉さん夫妻も、隣人から当時まだ1歳だった翁さんを預けられた。
  夫婦は翁さんをわが子として10年間大切に育てたが、呉さんが交通事故で他界し、翁さんは実家に戻った。
  節子さんは今から10年前に子供を亡くし、身寄りも収入もなくなり、空き缶拾いなどでしのぐ日が続いた。
  すでに46歳になりトラック運転手として働いていた翁さんはある日、路上で偶然、昔の“母”を目にした。

  2人は長いこと会っておらず、家には実の母もいる。
  悩んだものの、翁さんはいてもたってもいられず、節子さんを迎えに行き、実家で一緒に住むようになった。
  独身の翁さんは今、“2人の母”とともに暮らす。
  節子さんは体が不自由となり、翁さんが毎日世話をしているが、実母も「育ての親は大切にしなさい」と歓迎している。

  翁さんの目には、節子さんは日本のドラマ「おしん」そのものに映る。
  節子さんは、「台湾の人情味はここの天気のように温かい」と流暢な台湾語で、立派になった“息子”の姿に目を細めている


誰もが、自分だけ良ければ、というエゴ(利己心)との心の「分岐点」が有ると思います。
その岐路のどちらに行くのか?、なんですが、間違わないようにしないと。
ボタンのかけ間違えは「もとに戻ること」だけど勇気と決断力が要ります。

コーヒーを飲んでのんびりしましょうか。
「もう一杯」と決断したら、「お代わり」と勇気をもって言ってください。
当、カフェ美麗島はお代わり自由です、何時までもごゆっくりどうぞ居てください。

ではまた、へばだばー、再見



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