メモ(万宝山事件)
投稿者: mnasourewvcxzmnasourewvcxzmnaso 投稿日時: 2012/09/17 15:32 投稿番号: [1 / 3]
【1931年(昭和6年、民国20年)7月、万宝山事件が起こっている。韓国併合後、困窮化した朝鮮半島の農民は、多く日本や満州に流入したが、朝鮮総督府は朝鮮人の日本への渡航を厳重に取り締まった一方で、満州への移住は従来通りとしたため、在満朝鮮人が急増し、在満朝鮮人と中国人の関係は紛争の火種となった[10][注釈 8]。
万宝山事件は、長春の北、三姓堡万宝山集落の農業用水をめぐる朝鮮人農民と中国人農民との対立に端を発しており、ここに水路を造ろうとした朝鮮人と、それに反対する中国人が衝突したことに起因する。中国人農民に中国側の警察官、朝鮮人には日本領事館がそれぞれ支援にまわったが、中国人農民が実力で水路を破壊、日本人警官隊と衝突する事態へと発展した[1][9]。双方発砲事件も起こったが幸いどちらも死傷者は出なかった[9]。しかし、事件の詳細が誤って伝えられると、朝鮮半島各地で中国人への報復(朝鮮排華事件)が多数発生し、100人以上の中国人が殺害されて日中間の緊張を高めた】
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