Re: 高雄だいすき(^。^)
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2010/12/20 13:09 投稿番号: [120 / 318]
台湾南部の要所、高雄は昭和15年から見てきたが寂しい大都市(?)で
ありました。一番にぎわった時期は昭和20年ころで高雄川(愛河)をまたぐ
橋が3−4本ありましたが、絶えず砂煙を上げて疾走する軍関係車は小港
の飛行場(海軍)と港へ向けてでありました。真っ暗な前金の官舎で4月
父とともにくらした時は暗いので「おい/はい/」と呼び合って確かめて
暮らしたが、当時も愛河の東側は電灯もつけずに路を歩く人も無くて、戦争前
と同じ田畑で蛙の泣き声ばかりでありました。今の西七賢路がこんな寂しい
路でしたから之より鳳山にかけての街並は発展途上と言う時期でした。
港の中へ入れない船舶が外で待機するのですが中は満々でほとんどが陸軍
部隊の南方移動と南への食料輸送と軍艦と輸送船の役を半々こなしていました。
中には高砂族志願兵の移動もありましたね。街で話す彼らの日本語と特殊
な動作でわかりました。空襲は大陸から飛来する米航空機編隊で昼ではなくて
夜焼夷弾を落として人心錯乱をやりました。木影に逃げても危ないので何度も
橋の下まではしりましたね。当時は土手がありましたので隠れる余地が
ありましたね。台北も同じく西側から東へ街が伸びて行き、隣の鳳山街、
今の新北市が発展したのですね。
これは メッセージ 1 (five_penny さん)への返信です.
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