「百済文化」が取り持つ縁
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/09/11 03:53 投稿番号: [994 / 1329]
琉球文化を本土の人間が誇るくらいに、関連性が無いな。
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「百済文化」が取り持つ縁
県立装飾古墳館
歴史文化館(韓国)と姉妹締結
山鹿市鹿央町の「県立装飾古墳館」と、韓国・忠清南道の扶余にある「百済歴史文化館」が姉妹館締結する。かつて百済の都があった扶余などで10月11日から開かれる第53回百済文化祭(15日まで)の期間中、現地で調印式がある。
姉妹館締結は、6月に忠清南道の知事らが、百済とのつながりが深い、同古墳館分館の「歴史公園鞠智(きくち)城・温故創生館」(同市菊鹿町)を視察したのがきっかけになった。
鞠智城は白村江の戦い(663年)で唐と新羅の連合軍に大敗した大和朝廷が、防備のために西日本各地に築いた城の1つ。出土品などから百済の技術者が建築にかかわったと考えられている。2004年2月に国史跡に指定された。
忠清南道は、百済の歴史遺産と伝統文化の継承に力を入れている。昨年3月に開館した百済歴史文化館は、10年の完成を目指して建設が進められている「百済歴史再現団地」の中核施設。原寸大のジオラマなどで百済の歴史を紹介している。
温故創生館は「今後、研究情報の共有や発掘物の鑑定協力などで交流を深めたい」としている。
ttp://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/kumamoto/20070908/20070908_001.shtml
これは メッセージ 1 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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