李朝朝鮮

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こんばんわ、はじめまして

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/05/06 23:17 投稿番号: [782 / 1329]
黄色い文雄様かと思ってしまいました(笑)
黄文雄様のファンです。本も数冊持っています。

インドでも同様で、欧州人は、皮革、羊毛、蜜蝋以外でインドのような何でもある国が買ってくれそうな商品を提供することはできませんでした。

>『が天朝の茶、生糸などは汝らの必需とする所であって
天朝よりの恩典としてこれを認めるものである』


東インド会社はかなり長い間、茶貿易を行っていました。
1664年頃、東インド会社の重役達は自国の英国王チャールズ2世に、
5・4ポンドのわずかな茶を送りました。
王は海外の鳥のコレクションが趣味だったので、それを送ることができないための苦肉の策でした。
ところが、国王が茶を大変気に入り、宮廷や議会でも出され、
イギリス人の国民的熱狂な茶ブームを引き起こしました。
更に、中国様式の工芸品に、欧州の王侯貴族が狂ったように夢中になり、
支那の絹・磁器・ランプ・漆の家具を競い合って求め、
東インド会社の18世紀中の支払い超過は一億ポンドという当時としては天文学的数字の金額となりました。

英国では、世論・議会が中国人が西洋の商品を買い渋ることに怒り始めてました。ロンドンの一般大衆には、どうして中国人が西洋の品物を賛美しないのか、購買することに執拗に抵抗してるのか理解できませんでした。
新聞は、中国人が何も買おうとしないのは、彼らが偏狭で文明の遅れた野蛮な人間であるからだと書き立てました。
東インド会社は、この貿易の赤字を埋めようと、2・30年間、中国の市場向けに儒教と道教の奉納画を輸出しました。が、それもうまくゆかず、ポルノ画を輸出したのですが、中国当局の抵抗に合います。
しかし、この件で知った非合法ルート(中国の役人達を買収して)でインドで栽培したアヘンを中国に輸出することになるのでした。


欧州は実は貧しい地域です。
それが世界中の物産を求め、フロンティアを求める冒険者(欧州で生きていけない難民)を輩出する原動力を生み出したのでしょう。

インドでも、中国でも、貿易相手国が思うように自国製品を買わないと、理不尽に怒り始め、その国を徐々に滅ぼしていく・・・これが欧米のやり方です。程度ややり方は多少は変りましたが、
今でもその姿勢は変わりないような気がします。
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