Re: 妓女『黄真伊』のドラマ
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/10/21 23:51 投稿番号: [393 / 1329]
>日本の妓女の話ですが、ハリウッドの「SAYURI」を見ましたよ。
>なんでチャン・ツィーが主役に抜擢されたのかわかりました。
>日本人でもあれだけ派手に踊れる女優はなかなかいないからです。
カッポレですか。(冗談)
でも、芸者としての立ち居振る舞いや踊りはどうだったんでしょうか。
日本の女優が時代劇に出る場合、やはりこの辺りが大変だと思いますが、演技が出来て歌って踊れる女優が少ないのも確かですね。
>もともとこの時間帯は人気海外ドラマ枠でアメリカものがほどんどだったような。
ERとか、アーリー・マイ・ラブとかやってたような。
それなりに、フリークがいたと思いますが。
>ちょっと少女漫画な部分があると思いますよ。
韓国映画やドラマは、闘争の激しい韓国社会の現実から逃避したものが多いですね。
設定や展開に無理があるので、少女漫画ぽく、純愛路線が好まれるのでしょう。
>才色兼備の妓女達の話をかなり前に朝鮮女性史の本で読んだことがありました。
>もう何年もことで忘れてしまったのですが、彼女もその中の一人として書かれたのかしら?
例の「韓国・堕落の2000年史」崔基鎬著にも、詳しく出てきますよ。
以下、抜粋ですが、詩才は別して、色は奔放です。
『黄真伊は妓生であった。1502年に開城で生まれ、34歳で没したと推定されている。
彼女は心を以て接して来る男性に対しては愛情を注ぎ、愛を奔放に発散して、自由と人権と愛情を渇望した。
黄真伊は絶世の美人であった。
ある時、黄真伊は、大臣に相当する判書などを歴任した高官である蘇世譲と会った。蘇世譲は日頃、家臣に「女色に惑わされる様では、男と言えない」と語っていた。彼は黄真伊と初め30日だけと日数を限って、共に過ごしたが、当初はそれ以上過ごしたら人間では無いと言っていた。
30日になって、蘇世譲が帰る支度をして居る時に、真伊が漢詩を読んだ。それを聞いた途端、「俺は人に非ず」と嘆いて、衣服を脱いで同宿し続けた。黄真伊の真骨頂を表わす逸話である。
ある時、碧渓守という高名な詩人が、「自分だけは、絶対に黄真伊に惚れる事は無い」と言って威張って居たが、ある時馬に乗って、真伊を山の上の満月台に誘い出した。真伊は碧渓守の馬の息が荒いのを見て、「馬の息がどうして荒いのか、貴方の恋心を乗せているからでしょう」とからかった。
知足禅師という30年間も修道して、悟りを開いた有名な高僧が居た。真伊はこの禅師を誘ったが、全く心を動かさなかった。それでも禅師を虜にして、自分との愛欲生活に引きずり込んだ。禅師は「花潭(徐敬徳)、朴渕瀑布、黄真伊」といって、真伊を「松都三絶」の一つであると讃えた。』
>なんでチャン・ツィーが主役に抜擢されたのかわかりました。
>日本人でもあれだけ派手に踊れる女優はなかなかいないからです。
カッポレですか。(冗談)
でも、芸者としての立ち居振る舞いや踊りはどうだったんでしょうか。
日本の女優が時代劇に出る場合、やはりこの辺りが大変だと思いますが、演技が出来て歌って踊れる女優が少ないのも確かですね。
>もともとこの時間帯は人気海外ドラマ枠でアメリカものがほどんどだったような。
ERとか、アーリー・マイ・ラブとかやってたような。
それなりに、フリークがいたと思いますが。
>ちょっと少女漫画な部分があると思いますよ。
韓国映画やドラマは、闘争の激しい韓国社会の現実から逃避したものが多いですね。
設定や展開に無理があるので、少女漫画ぽく、純愛路線が好まれるのでしょう。
>才色兼備の妓女達の話をかなり前に朝鮮女性史の本で読んだことがありました。
>もう何年もことで忘れてしまったのですが、彼女もその中の一人として書かれたのかしら?
例の「韓国・堕落の2000年史」崔基鎬著にも、詳しく出てきますよ。
以下、抜粋ですが、詩才は別して、色は奔放です。
『黄真伊は妓生であった。1502年に開城で生まれ、34歳で没したと推定されている。
彼女は心を以て接して来る男性に対しては愛情を注ぎ、愛を奔放に発散して、自由と人権と愛情を渇望した。
黄真伊は絶世の美人であった。
ある時、黄真伊は、大臣に相当する判書などを歴任した高官である蘇世譲と会った。蘇世譲は日頃、家臣に「女色に惑わされる様では、男と言えない」と語っていた。彼は黄真伊と初め30日だけと日数を限って、共に過ごしたが、当初はそれ以上過ごしたら人間では無いと言っていた。
30日になって、蘇世譲が帰る支度をして居る時に、真伊が漢詩を読んだ。それを聞いた途端、「俺は人に非ず」と嘆いて、衣服を脱いで同宿し続けた。黄真伊の真骨頂を表わす逸話である。
ある時、碧渓守という高名な詩人が、「自分だけは、絶対に黄真伊に惚れる事は無い」と言って威張って居たが、ある時馬に乗って、真伊を山の上の満月台に誘い出した。真伊は碧渓守の馬の息が荒いのを見て、「馬の息がどうして荒いのか、貴方の恋心を乗せているからでしょう」とからかった。
知足禅師という30年間も修道して、悟りを開いた有名な高僧が居た。真伊はこの禅師を誘ったが、全く心を動かさなかった。それでも禅師を虜にして、自分との愛欲生活に引きずり込んだ。禅師は「花潭(徐敬徳)、朴渕瀑布、黄真伊」といって、真伊を「松都三絶」の一つであると讃えた。』
これは メッセージ 392 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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