李朝朝鮮

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朝鮮時代の衣食住

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/09/12 21:44 投稿番号: [336 / 1329]
「KBS   WORLD   Radio」の「クリック韓国の歴史」は結構楽しめます。
といっても、歴史教科書のようなウリナラ・マンセー満載という点で。
次のような矛盾を平気で書いてるし。(笑)

>韓民族は白衣民族とも呼ばれていました。これは染色していない服を好んで着たことからついた呼び名です。
>しかしすべての人が白い服を着ていたわけではありません。身分によって服飾に差別があり、染色した服は 両班層などの支配層の人々だけが着ていました。一般庶民は婚礼の時にだけ染色した服を着ることができました。

キムチとスプーンのことも出ていましたので、その部分を掲載します。

>最初は日本や中国もスプーンを使っていましたが、その後、日本と中国は次第に箸だけを使うようになり、

知らなかったなあ。いつ頃の時代だろう。縄文時代?(笑)
韓国で書かれた歴史を読んでいると、何がホントーで、何がウソか分からなくなります。(笑)
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http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_click_detail.htm?No=943
朝鮮時代の人々の暮らし   その2   朝鮮時代の衣食住

朝鮮時代の家の中でもっとも重要な場所の一つがチャンドク台でした。韓国料理の最も大きな特徴は発酵食品を使うということです。醤油と味噌は、その家の料理の味を左右する最も大切な食品でした。そしてその味噌や醤油の入ったカメを保管しておく場所が、チャンドク台でした。チョンドク台は陽のよくあたる家の東側に、雨水が入らないように地面に石を積んで作られました。そしてこの味噌や醤油を使っていろいろな保存食が作られました。あの辛いキムチも実は朝鮮時代にできたものです。現在はキムチと言えば、唐辛子の粉を必ずいれるように考えられていますが、16世紀末に唐辛子が韓半島に入ってきた後でも相当の期間、塩水に野菜を漬けただけのチムチェ(沈菜)の形態を維持していました。それが18世紀になって梅雨が長引く年が続き、塩の値段が大きく値上がりしたため、塩の代わりに唐辛子が貯蔵性を高めるということに目をつけ、唐辛子粉を使い始めたものです。

基本的な食事はご飯とお汁、肉か魚が1つ、野菜が1つでした。高麗時代には仏教の影響が食文化にまで及び、菜食中心の食事でしたが、元の干渉期を経て、モンゴル族と関係が活発になり肉食文化が入ってきます。また朝鮮時代の食事は朝晩の一日2回でした。韓国で一日に3回食事をするようになったのは、20世紀に入ってからです。また、韓国食文化の特長の一つはスプーンを使うことです。最初は日本や中国もスプーンを使っていましたが、その後、日本と中国は次第に箸だけを使うようになり、韓国だけが未だにスプーンを多く使っています。これは韓国の汁料理は具が多く、特に汁にご飯をいれて食べることを好んだためです。

18世紀になると、女性たちの間にカチェと呼ばれるカツラが流行し、社会的な問題になりました。問題はカチェが高価なばかりか、重たいというところにありました。18世紀、英祖の時代には幼い新婦が婚礼の席でお辞儀をした際にあたまのカチェが重くて、その重さに耐え切れず首が折れて死亡するという事件が起きます。そしてこれを契機に英祖はカチェを禁止します。
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