李朝朝鮮

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李成桂はモンゴル軍閥だった!?

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/09/06 19:59 投稿番号: [334 / 1329]
つまりこれは、世界最大の大帝国「元」を造ったのはウリナラという、いつものファンタジーですか?
だいたい、朝鮮が歴史上独立国だったことなんて一度もないし。
モンゴルの軍閥とかじゃなくて、単にモンゴル人に支配されてただけでしょ? (顔だってもろにモンゴロしてるし)

こんなんで(捏造)博士号取れるんだから、韓国は楽だな。

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朝鮮王朝の太祖・李成桂はモンゴル軍閥だった!?

朝鮮王朝の太祖・李成桂(イ・ソンゲ/1335〜1408年)は高麗系モンゴル軍閥の勢力であり、朝鮮王朝は北方遊牧帝国の伝統を基盤に建国した国家であったという新説が唱えられ、学界で論争を呼ぶものとみられている。

  こうした主張は、新進気鋭の東洋史学者・尹銀淑(ユン・ウンスク)博士とモンゴル系中国人学者・エルデニ・バタル博士(内モンゴル大専任講師)が唱えたもの。両名はこうした主張を盛り込んだ博士論文を江原大史学科に提出し、先月審査を通過した。

  学位論文『蒙元帝国期オッチギン家の東北満州支配』を執筆した尹博士は「13世紀から14世紀にかけて、東北満州地域を元のオッチギン(斡赤斤)王家が支配していたという事実に注目しなければならない」と主張した。

  オッチギン家による同地域の支配は、チンギス・ハーンが1211年に自らが征服した領土を多くの弟らに分封した際、末弟のオッチギンにこの地域を治めさせたことから始まっている。その後、オッチギン家は遊牧と農耕という経済インフラを基盤とし、この地域で独立的な勢力を形成することに成功した。

  ここで問題となるのは、オッチギン家の支配領域の中に李成桂一門の本拠があったという事実だ。

  李成桂の高祖父(祖父の祖父)李安社(イ・アンサ)は全州を離れ、豆満江流域の斡東地域に定着した後、1255年に5000戸の千戸長とダルガチ(元の地方役人)の地位を元皇帝から下賜されている。この事実について、尹博士は「千戸長はモンゴル族でなければほとんど任命される事のない高位の官吏であり、事実上、李安社がオッチギン家から認められた軍閥勢力に成長していた証拠と見るべきだ」と語った。

  その後、1290年にオッチギン家の内紛で李安社の息子・李行里(イ・ヘンリ)は斡東の基盤を失って咸興平野に移住したが、千戸長とダルガチの職位は李行里のひ孫・李成桂の代までの5代にわたって世襲された。

以下略
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/05/20060905000052.html
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