火事の話題
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/02/17 00:14 投稿番号: [1107 / 1329]
さすがに南大門関係のネタを投下するのも食傷気味ですので、別件の火事ネタを一つ。
高宗実録の光武8(1904)年4月14日条によれば、慶雲宮の咸寧殿のオンドルを修理中に失火し、慶雲宮が全焼したとあります。
十四日 慶運宮火【咸寧殿中和殿即祚堂昔御堂及各殿閣竝入回禄】(中略)上曰不幸中万幸 而咸寧殿温[土偏に突]修改而点火之際致此失火又因風勢不順一時延焼以至於此也
「回禄」は中国に於いて火の神であり、すなわち火事を意味します。この火事について、清と日本は政府名で慰問の電報を送りましたが、実はこの家事は大変な災いをもたらしていた可能性があったのです。
1905年の第二次日韓協約(乙巳条約)を受けて、韓国統監府は、まず韓国の現在の外交関係に関する調査として、条約書及び外交文書の提示を求めました。しかし、高宗が言うには条約書及び外交文書は紛失し、或いは焼失したかも知れないとのことでした。
そう、ここで「焼失したかもしれない」というのが、この慶雲宮火災のことなのです。もっとも、結局はそれらの文書は4年後に意外なところから発見されるのですが。
第七回韓国施政改善ニ関スル協議会(二)
http://ameblo.jp/dreamtale/entry-10001616012.html第七回韓国施政改善ニ関スル協議会(三)
http://ameblo.jp/dreamtale/entry-10001624387.htmlなお、外交文書の焼失については実録には記述が無く、上記記事にもありますように、それに関する諸国への通知等は為されていません(旧韓国外交文書の1904年分の文書を調べたかぎりですが)。
これは メッセージ 1104 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/mfbdabdabaaf_1/1107.html