小田実かあ
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2010/05/11 08:44 投稿番号: [2134 / 2701]
【から(韓)くに便り】ソウル支局長・黒田勝弘
金日成・正日父子の勘違い
2010.5.11 03:55
北朝鮮の金正日総書記(68)の中国訪問をソウルからながめていて思いだしたことがある。父・金日成(1912〜94年)の外遊との違いである。金総書記は中国とロシアにしか行ったことがないのに対し、金日成は生前、中国やソ連(現ロシア)のほか東欧や中東、インドネシア、モンゴルなどにも出かけている。
父親より息子の方が“世界が狭い”というのは、指導者としてはいかにも偏狭(!)すぎる。
本人は昔から映像好きで知られ、各国の衛星テレビやパソコンも見ているから、だいじょうぶと思っているかもしれない。しかし世界が国際化とかグローバリゼーションといって、地域会議や国際会議などで交流がひんぱんになっている時に鎖国とは、いかにも“唯我独尊”でかたくなすぎる。
もっとも、だからといって父が国際感覚豊かで情勢判断が確かだったかというと、これまた必ずしもそうではなかった。
たとえば金日成は生前、いわゆる“非同盟諸国”や“第三世界”に入れ込んだ。「反米・反帝・自主独立」で小国が力を合わせ、発展しようというわけだ。
これにだまされた一人に日本の作家・小田実(まこと)がいる。
1960年代に大ベストセラーの世界旅行記『何でも見てやろう』で人気を博し、70年代にはベトナム反戦運動の“ベ平連”のリーダーとして知られた。進歩派知識人らしく「ベトナムの次は朝鮮」と思ったのか北朝鮮を訪れ、金日成と会う(76年)。
その記録が評論集『私と朝鮮』(77年、筑摩書房刊)として無残に残っているが、その中で小田は、金日成が「前途有望な国はソマリアとマダガスカルだ。理由は食糧の自給に真剣に取り組んでいるからだ」と語ったことにいたく感動し、繰り返し紹介している。
しかしソマリアとマダガスカルは今なお世界の最貧国だ。小田が北朝鮮を「第三世界のモデル」と持ち上げ「金日成さんは世界を見ているなという気がした。あるいは、歴史を見ている」と絶賛したのは見事な錯覚だった。
北朝鮮自身がその後、ひどい食糧難にあえいでいるのは周知の通りである。
他人のミスをあげつらうのは申し訳ないが、失敗も教訓として生かせば救われる。この時、金日成は小田との会見で「なによりも、人民に食糧を十分に供給しなければならない。人民に十分食べさせないことには、いかにりっぱな政治スローガンをかかげても役に立たない」と語ったという。
父・金日成自身、「コメのご飯と肉のスープを食べさせる」という人民への約束を実現できないまま世を去ったが、後継者の金正日政権は「りっぱな政治スローガン」ばかりで人民を食べさせられないでいる。
政治スローガンの「主体思想」も「われわれ式社会主義」も「強盛大国」も、そして権力世襲も、まず人民を十分食わせるためではないのか。この地域で今なお北朝鮮だけがなぜ食糧難なのだろう。
中国訪問の金総書記は一時に比べ体重は増えたようだが、表情はさえず、髪も薄くなった。足を引きずるような歩みに、老いとともに、ままならない現状への“悩み”がうかがわれる。
「人民を食わせること」を指導者の最大課題と決断すれば方法は簡単だ。開国に向け、これまでの考え方、やり方を変えればいい。今回こそ、中国訪問でそのヒントを得たのだろうか。(ソウル支局長)
実を「みのる」と読んじゃう人も多くなっただろうな。
2010.5.11 03:55
北朝鮮の金正日総書記(68)の中国訪問をソウルからながめていて思いだしたことがある。父・金日成(1912〜94年)の外遊との違いである。金総書記は中国とロシアにしか行ったことがないのに対し、金日成は生前、中国やソ連(現ロシア)のほか東欧や中東、インドネシア、モンゴルなどにも出かけている。
父親より息子の方が“世界が狭い”というのは、指導者としてはいかにも偏狭(!)すぎる。
本人は昔から映像好きで知られ、各国の衛星テレビやパソコンも見ているから、だいじょうぶと思っているかもしれない。しかし世界が国際化とかグローバリゼーションといって、地域会議や国際会議などで交流がひんぱんになっている時に鎖国とは、いかにも“唯我独尊”でかたくなすぎる。
もっとも、だからといって父が国際感覚豊かで情勢判断が確かだったかというと、これまた必ずしもそうではなかった。
たとえば金日成は生前、いわゆる“非同盟諸国”や“第三世界”に入れ込んだ。「反米・反帝・自主独立」で小国が力を合わせ、発展しようというわけだ。
これにだまされた一人に日本の作家・小田実(まこと)がいる。
1960年代に大ベストセラーの世界旅行記『何でも見てやろう』で人気を博し、70年代にはベトナム反戦運動の“ベ平連”のリーダーとして知られた。進歩派知識人らしく「ベトナムの次は朝鮮」と思ったのか北朝鮮を訪れ、金日成と会う(76年)。
その記録が評論集『私と朝鮮』(77年、筑摩書房刊)として無残に残っているが、その中で小田は、金日成が「前途有望な国はソマリアとマダガスカルだ。理由は食糧の自給に真剣に取り組んでいるからだ」と語ったことにいたく感動し、繰り返し紹介している。
しかしソマリアとマダガスカルは今なお世界の最貧国だ。小田が北朝鮮を「第三世界のモデル」と持ち上げ「金日成さんは世界を見ているなという気がした。あるいは、歴史を見ている」と絶賛したのは見事な錯覚だった。
北朝鮮自身がその後、ひどい食糧難にあえいでいるのは周知の通りである。
他人のミスをあげつらうのは申し訳ないが、失敗も教訓として生かせば救われる。この時、金日成は小田との会見で「なによりも、人民に食糧を十分に供給しなければならない。人民に十分食べさせないことには、いかにりっぱな政治スローガンをかかげても役に立たない」と語ったという。
父・金日成自身、「コメのご飯と肉のスープを食べさせる」という人民への約束を実現できないまま世を去ったが、後継者の金正日政権は「りっぱな政治スローガン」ばかりで人民を食べさせられないでいる。
政治スローガンの「主体思想」も「われわれ式社会主義」も「強盛大国」も、そして権力世襲も、まず人民を十分食わせるためではないのか。この地域で今なお北朝鮮だけがなぜ食糧難なのだろう。
中国訪問の金総書記は一時に比べ体重は増えたようだが、表情はさえず、髪も薄くなった。足を引きずるような歩みに、老いとともに、ままならない現状への“悩み”がうかがわれる。
「人民を食わせること」を指導者の最大課題と決断すれば方法は簡単だ。開国に向け、これまでの考え方、やり方を変えればいい。今回こそ、中国訪問でそのヒントを得たのだろうか。(ソウル支局長)
実を「みのる」と読んじゃう人も多くなっただろうな。
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