抗日記念碑除幕式
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/10/20 08:36 投稿番号: [1974 / 2701]
記事入力 : 2009/10/19 12:00:47
【記者手帳】わびしい「抗日記念碑除幕式」
17日、中国・黒竜江省蜜山市に抗日闘争遺跡記念碑が建てられた。
蜜山は大韓民国臨時政府があった上海と同じく、日本による植民地支配時代の主な独立運動基地だった。朝鮮の人々が数千人集まり、原野を切り開き、独立軍の軍用米を収穫した。「将軍」と呼ばれたイ・ボムソク、金左鎮(キム・ジョアジン)などの独立運動家が蜜山を拠点に軍隊を起こした。ところが、最近は学者以外に蜜山を知る人は少ない。今回の記念碑建立はもっと手遅れになる前に、歴史を振り返ろうという趣旨で行われたものだ。
しかし、苦々しい思いに駆られたのは、今回の除幕式には蜜山市党書記ら中国の高官約100人が出席した一方で、韓国政府からは誰一人として出席者がいなかったことだ。
これまで記念碑設立運動を展開してきたということで、出席したのはイ・テボク元保健福祉部長官(59)ら民間人5人だけだった。
イ元長官は「昨年7月に記念碑設立運動を始めて以来、何度も国家報勲処(国家功労者を礼遇し、軍人・退役軍人の支援事業を行う中央省庁)に蜜山の歴史を説明したが、反応がなかった」と言った。結局、イ元長官ら民間人が中国政府と接触、記念碑を建ててもいいかどうかを確認した。韓国政府と違い、蜜山市はこれを快く許可しただけでなく、記念碑設立用地を提供してくれた。周辺の整備工事までしたという。
韓国政府は独立運動家をたたえ記念することを渋る傾向がある。植民地支配時代の日本が実施した戸籍制に名前を載せず、無国籍者として生きた独立運動家シン・チェホは植民地解放(日本の終戦)後も無国籍者のままだったが、今年4月になってやっと韓国国籍を認められた。李承晩(イ・スンマン)初代大統領の銅像は、体の部分が切られたまま、ソウル鍾路区明倫洞の一般家庭に放置されている。
イ元長官は「長官まで務めた人間がこんなことを言うのも何だが、韓国政府は歴史を気遣わないようで残念。『過去は使いものにならない』という認識が公職者の社会に広まっている」と言った。
「当初、報勲処に蜜山の話をしたときも、特に期待はしていなかった。当然、国がすべきことだから『言ってみよう』と思っただけだった。官僚たちは予算を口実にするが、実は歴史を記念するのに大金はいらない。記念碑を建てる資金を集めた際は、政府に声を掛けようとも思わなかった」
記念碑設立には1000万ウォン(約78万円)掛かった。イ元長官ら12人が少しずつ出し合ったそうだ。
社会部=チョ・ベッコン記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
ホントにホントに愚かな民族。
【記者手帳】わびしい「抗日記念碑除幕式」
17日、中国・黒竜江省蜜山市に抗日闘争遺跡記念碑が建てられた。
蜜山は大韓民国臨時政府があった上海と同じく、日本による植民地支配時代の主な独立運動基地だった。朝鮮の人々が数千人集まり、原野を切り開き、独立軍の軍用米を収穫した。「将軍」と呼ばれたイ・ボムソク、金左鎮(キム・ジョアジン)などの独立運動家が蜜山を拠点に軍隊を起こした。ところが、最近は学者以外に蜜山を知る人は少ない。今回の記念碑建立はもっと手遅れになる前に、歴史を振り返ろうという趣旨で行われたものだ。
しかし、苦々しい思いに駆られたのは、今回の除幕式には蜜山市党書記ら中国の高官約100人が出席した一方で、韓国政府からは誰一人として出席者がいなかったことだ。
これまで記念碑設立運動を展開してきたということで、出席したのはイ・テボク元保健福祉部長官(59)ら民間人5人だけだった。
イ元長官は「昨年7月に記念碑設立運動を始めて以来、何度も国家報勲処(国家功労者を礼遇し、軍人・退役軍人の支援事業を行う中央省庁)に蜜山の歴史を説明したが、反応がなかった」と言った。結局、イ元長官ら民間人が中国政府と接触、記念碑を建ててもいいかどうかを確認した。韓国政府と違い、蜜山市はこれを快く許可しただけでなく、記念碑設立用地を提供してくれた。周辺の整備工事までしたという。
韓国政府は独立運動家をたたえ記念することを渋る傾向がある。植民地支配時代の日本が実施した戸籍制に名前を載せず、無国籍者として生きた独立運動家シン・チェホは植民地解放(日本の終戦)後も無国籍者のままだったが、今年4月になってやっと韓国国籍を認められた。李承晩(イ・スンマン)初代大統領の銅像は、体の部分が切られたまま、ソウル鍾路区明倫洞の一般家庭に放置されている。
イ元長官は「長官まで務めた人間がこんなことを言うのも何だが、韓国政府は歴史を気遣わないようで残念。『過去は使いものにならない』という認識が公職者の社会に広まっている」と言った。
「当初、報勲処に蜜山の話をしたときも、特に期待はしていなかった。当然、国がすべきことだから『言ってみよう』と思っただけだった。官僚たちは予算を口実にするが、実は歴史を記念するのに大金はいらない。記念碑を建てる資金を集めた際は、政府に声を掛けようとも思わなかった」
記念碑設立には1000万ウォン(約78万円)掛かった。イ元長官ら12人が少しずつ出し合ったそうだ。
社会部=チョ・ベッコン記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
ホントにホントに愚かな民族。
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