李承晩

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ソンウジョンがまたまた妄想

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/03/12 04:47 投稿番号: [1683 / 2701]
記事入力 : 2009/03/11 17:16:56
【コラム】世の中があなたを裏切ろうとも

  谷川米穀店に着いたのは午前10時。開店時間の1時間前だった。だが、行列はすでに50メートルを超えていた。四国・香川県でも田畑が続く人里離れた場所。市街から電車とバスを乗り継ぎ、1時間ほどかけてやっと到着したところ、すでに約100人もの先客がいた。一杯120円のうどんを味わおうと集まってきた人々だ。
  「讃岐(香川県の旧名)うどん」を食べながら、この地域を巡るツアーを「うどん巡り」という。谷川米穀店をはじめ、うどん巡りに名を連ねるうどん屋は数百カ所以上ある。1回の食事に2−3カ所を回らなければ、有名な「全国区のうどん屋」は制覇できない。わたしは5カ所回ったが、「1店で2杯ずつ食べずに、1杯ずつ10カ所回ればよかった…」と後悔している。
  「うどん巡り」で特に印象深かったのは、調理場で働く若者たちだった。製粉・製めん技術を身につけたお年寄りが前方を担い、後方では若者たちが重労働の手打ち作業に汗を流している。讃岐うどん巡りは、そのように技を磨いた若者たちが独立し、適者生存という浮き沈みを経て、数百年もの間、培われてきた文化と言えよう。巡礼中、韓国にも讃岐で技を磨き、名店を築き上げたうどん名人がいると聞き、驚いた。
  わたしたち家族が住む東京・西荻窪は最近、「ラーメン新激戦区」と呼ばれている。広さ2−3坪のラーメン店が路地の隅々にまで立ち並び、盛衰を繰り返している。中でも、よく行くラーメン店「大(だい)」は、東京・三田の人気ラーメン店「二郎」の系譜を引き継いでいる。「大」で昼11時30分から深夜1時30分まで、店長・料理長・従業員というそれぞれの持ち場をこなしているのは、「二郎」で過酷な修行に耐え抜いた若者3人だ。
  この町が「ラーメン激戦区」になったのは、東京の中心地からやや離れているのと、店舗の賃貸料が手ごろなためだ。中心地の人気ラーメン店で修行した若者たちが自分の店を構え、デビューしやすいということだ。勝負はその後だ。目と鼻の先にあるラーメン店でも、一方には数十メートルの行列ができ、もう一方に客が一人もいないというように、シビアに勝敗が決まるのが東京だ。
  日本でラーメン店が急速に増えたのは、ここ10年のことだ。1990年代中盤から多くの若者がラーメンの世界に飛び込んできた結果だ。この時期は、長期不況で国が若者に就職先を与えられなかった「就職氷河期」と重なる。おかげで、日本のラーメン文化は讃岐うどんのように10年、20年前とは比べものにならないほど深まり、グローバルに普及していった。
  こうした現象は、果たしてラーメンの世界に限ったことだろうか。キャラクター・漫画・ファッション・デザイン…日本文化の21世紀をリードしているこれらの分野も、不況期に磨かれたものだ。厳しい徒弟制度の底辺に飛び込み、握り飯で空腹をしのいできた若者たちが、10年後に世界を舞台に大きな付加価値を生み出しているのだ。
  最近、韓国の若者たちは「世の中が自分を裏切っている」と感じているようだ。今この時、「最高のビビンパ」「最高のテンジャンチゲ(韓国みそ鍋)」「最高の冷めん」「最高のキャラクター」「最高のファッション」を夢に描くのはどうだろうか。そして、その夢をつかむため、調理場やアトリエの掃除から始める「修行」に青春をささげてみようではないか。10年後の世の中は、きっと君たちに応えてくれるはずだろう。

東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

いつも思うが、記事を誰に読んで貰いたいんだろう?
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