公権力
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/06/14 07:16 投稿番号: [2460 / 4504]
半島で「公」ってどういう位置づけでしょう?
記事入力 : 2008/06/13 17:12:20
【コラム】公権力の死
あの日は夜中の1時半ごろに本社ビルを出た。米国産牛肉の輸入に反対するキャンドル集会への参加者は少しずつ解散しつつあった。参加者が去りつつある路上を車が走行し始めた。横断歩道の信号は赤だった。歩行者の中にはベビーカーを引いて集会に参加していた若い夫婦もいた。警察は笛を響かせながら信号を無視する歩行者に注意を与えていた。
そのとき、ベビーカーを引いていた男性が警察官に突っ掛かった。「この野郎、笛を吹くな。赤ん坊が目を覚ますじゃないか」。その警察官は今の任務に就くようになってから初めてこのような「命令」を受けたことだろう。そしてその男性は嘲るような目つきに変わった。「オレの言うことが聞こえないのか。笛を吹くなと言っただろう」。結局警察官は相手の顔色を伺いながら、小さな音で少しだけ笛を吹いた。
信号が変わると、男性は堂々とそのすぐ横を通り過ぎながら、「あの野郎、やめろと言ったらやめやがれ」などとブツブツつぶやいた。史上最大規模となった「6・10キャンドル集会」。その日の帰宅途中には、警察官の虚しい姿が浮かび上がっていた。
テレビ番組やインターネット上では警察に対し、連日「過剰鎮圧」「暴力的な警察」などの攻撃が殺到している。もちろんそのような暴力とも映るような事態も存在していた。しかし、現場で直接出会った制服姿の警察官たちは、まさに気力を失って死にかけていると言っても過言ではない。ほぼ瀕死(ひんし)の状態という表現が的確だろう。自分の体を管理するだけでも大変なのに、「法と秩序、公権力云々」すること自体、あまりにも違和感を持つようになったのだ。
普段から「善良な」市民は「派出所」の入り口を避けて通る。しかし「純情な」集会の参加者たちは、警察の本山である警察庁にも恐れず押し寄せていった。当時、警察庁の正門前には機動隊のバス十数台が、鉄の鎧で武装しているかのように停車していた。警察官は集会参加者の鎮圧どころか、自分の身を守るのに精一杯で、また体面を守るどころかバスでバリケードを作り何とか防いでいた。そうしているうちに集会参加者の一部がバスのタイヤをパンクさせ、唾を吐きかけた。しかし警察官はこの程度ならもう侮辱とも感じなくなっていた。警察官たちはその日、警察庁の建物を何とか守り抜いた。
集会現場に出ると、警察などの公権力は手強い相手ではなく、軽蔑と嘲弄の対象となっているのが一目で分かった。
夜中の3時ごろ、世宗路交差点での話だ。女性警察官が「皆さんは違法な集会を行っています。皆さんの意向は十分に伝えられましたから、路上を占拠するのはやめて帰宅してください」と拡声器で叫んだ。
形としては警告だったが、集会参加者たちを刺激しないという方針の下に、哀願でもするかのような姿だった。集会参加者たちはそれで心が動いただろうか。「われわれの主張は正当なものだが、このように道路を占拠するのは違法行為だ」と悟って自らの行為を悔いただろうか。実際は「警察野郎、お前らこそ早く家に帰れ」「機動隊のバスの方が違法駐車だ」という不満の声が聞こえるばかりだった。すると警察は思い悩んだ末、コンテナで世宗路を遮断した。集会の参加者や一般国民の目に「警察官の制服」はどのように映ったのだろうか。
警察はいわゆる政府機関の末端だ。大統領をはじめとする政府の本体が、完全に不信と嘲弄の対象となっているため、その下にいる警察もそのような目を避けることはできない。ともすれば警察の公権力こそが前面に立って、そのような不信の目をすべて抱え込んでしまっているのかも知れない。
それでも公権力がこのような状況にまで追いやられたのは、自ら招いたという側面が強い。警察は厳正な法と秩序の原則を常に叫びながら、実際の現場では相手の顔色をうかがって自ら後退していた。自ら守ることもできないスローガンばかりを公権力が口にするなら、嘲弄の対象となるのは当然のことだ。プライドは自ら守らなければ誰も代わりに守ってはくれないのだ。
その日は早朝まで、ソウル都心の太平路10車線で集会の波が収まることはなかった。残った参加者たちは豚足やビール、ペットボトル、どぶろくなどを持って座り込み、歌を歌い演説を続けていた。しかしすべては終わりを迎えるときが来る。このキャンドル集会が終わったとき、彼らは果たして何を得て何を失うのだろうか。
崔普植(チェ・ボシク)社会部
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
記事入力 : 2008/06/13 17:12:20
【コラム】公権力の死
あの日は夜中の1時半ごろに本社ビルを出た。米国産牛肉の輸入に反対するキャンドル集会への参加者は少しずつ解散しつつあった。参加者が去りつつある路上を車が走行し始めた。横断歩道の信号は赤だった。歩行者の中にはベビーカーを引いて集会に参加していた若い夫婦もいた。警察は笛を響かせながら信号を無視する歩行者に注意を与えていた。
そのとき、ベビーカーを引いていた男性が警察官に突っ掛かった。「この野郎、笛を吹くな。赤ん坊が目を覚ますじゃないか」。その警察官は今の任務に就くようになってから初めてこのような「命令」を受けたことだろう。そしてその男性は嘲るような目つきに変わった。「オレの言うことが聞こえないのか。笛を吹くなと言っただろう」。結局警察官は相手の顔色を伺いながら、小さな音で少しだけ笛を吹いた。
信号が変わると、男性は堂々とそのすぐ横を通り過ぎながら、「あの野郎、やめろと言ったらやめやがれ」などとブツブツつぶやいた。史上最大規模となった「6・10キャンドル集会」。その日の帰宅途中には、警察官の虚しい姿が浮かび上がっていた。
テレビ番組やインターネット上では警察に対し、連日「過剰鎮圧」「暴力的な警察」などの攻撃が殺到している。もちろんそのような暴力とも映るような事態も存在していた。しかし、現場で直接出会った制服姿の警察官たちは、まさに気力を失って死にかけていると言っても過言ではない。ほぼ瀕死(ひんし)の状態という表現が的確だろう。自分の体を管理するだけでも大変なのに、「法と秩序、公権力云々」すること自体、あまりにも違和感を持つようになったのだ。
普段から「善良な」市民は「派出所」の入り口を避けて通る。しかし「純情な」集会の参加者たちは、警察の本山である警察庁にも恐れず押し寄せていった。当時、警察庁の正門前には機動隊のバス十数台が、鉄の鎧で武装しているかのように停車していた。警察官は集会参加者の鎮圧どころか、自分の身を守るのに精一杯で、また体面を守るどころかバスでバリケードを作り何とか防いでいた。そうしているうちに集会参加者の一部がバスのタイヤをパンクさせ、唾を吐きかけた。しかし警察官はこの程度ならもう侮辱とも感じなくなっていた。警察官たちはその日、警察庁の建物を何とか守り抜いた。
集会現場に出ると、警察などの公権力は手強い相手ではなく、軽蔑と嘲弄の対象となっているのが一目で分かった。
夜中の3時ごろ、世宗路交差点での話だ。女性警察官が「皆さんは違法な集会を行っています。皆さんの意向は十分に伝えられましたから、路上を占拠するのはやめて帰宅してください」と拡声器で叫んだ。
形としては警告だったが、集会参加者たちを刺激しないという方針の下に、哀願でもするかのような姿だった。集会参加者たちはそれで心が動いただろうか。「われわれの主張は正当なものだが、このように道路を占拠するのは違法行為だ」と悟って自らの行為を悔いただろうか。実際は「警察野郎、お前らこそ早く家に帰れ」「機動隊のバスの方が違法駐車だ」という不満の声が聞こえるばかりだった。すると警察は思い悩んだ末、コンテナで世宗路を遮断した。集会の参加者や一般国民の目に「警察官の制服」はどのように映ったのだろうか。
警察はいわゆる政府機関の末端だ。大統領をはじめとする政府の本体が、完全に不信と嘲弄の対象となっているため、その下にいる警察もそのような目を避けることはできない。ともすれば警察の公権力こそが前面に立って、そのような不信の目をすべて抱え込んでしまっているのかも知れない。
それでも公権力がこのような状況にまで追いやられたのは、自ら招いたという側面が強い。警察は厳正な法と秩序の原則を常に叫びながら、実際の現場では相手の顔色をうかがって自ら後退していた。自ら守ることもできないスローガンばかりを公権力が口にするなら、嘲弄の対象となるのは当然のことだ。プライドは自ら守らなければ誰も代わりに守ってはくれないのだ。
その日は早朝まで、ソウル都心の太平路10車線で集会の波が収まることはなかった。残った参加者たちは豚足やビール、ペットボトル、どぶろくなどを持って座り込み、歌を歌い演説を続けていた。しかしすべては終わりを迎えるときが来る。このキャンドル集会が終わったとき、彼らは果たして何を得て何を失うのだろうか。
崔普植(チェ・ボシク)社会部
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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