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「若狭」の人形

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/02/07 19:18 投稿番号: [1881 / 4504]
こんな人形見たことありますか?
私はありません。


【噴水台】外国語と出世

日本で頻繁に目につく奇妙な人形がある。美しい女の子が胸にぎょっとさせる銃を抱いている。16歳のその少女の名前は若狭。

1543年8月25日の未明、日本西南部の種子島に外国の難破船が着いた。この島の領主は、ポルトガル人商人の火縄銃の威力に魅了された。同じ重さの銀(現在の価値で約10億ウォン=約1億2000万円)を渡し、銃を手に入れた領主は刀鍛冶職人に同じ銃を作るよう命じた。

刀匠が作りあげた銃は、銃身の底が粗末だった。銃を撃つとケガしがちだった。だが、ポルトガル人商人は口を閉じた。彼は刀匠の娘、若狭を欲しがった。感付いた若狭は、父のために自ら身を捧げる。彼女は毎晩、夫から熱心にポルトガル語を教わり、いよいよ秘法を突き止めた。ナットを削って銃身の底をしっかりと封じ込んだ。若狭姫の人形と鳥銃が誕生した背景だ。

朝鮮(1392〜1910年)時代末期の李夏栄(イ・ハヨン)は、つまらない庶&#23420;(庶子とその子孫)出身のシェフだった。日本に渡り、飲食店を展開したが、つぶれた。無一文で帰る帰国船で偶然に会った人物が米国宣教師のアレン。彼はアレンの家で料理と雑務を手伝いながら、英語に接した。

甲申政変(1884年に朝鮮で、日本の援助を得て開化派が起こしたクーデター。清国軍の介入で失敗)の当時にアレンが新式医術で、負傷した閔泳翊(ミン・ヨンイク)の命を救った後、李夏栄の前途も大きく開けて行く。彼の英語はたどたどしい水準だったが、それでも朝鮮では唯一だった。李夏栄は、高宗(コジョン、朝鮮第26代王)の英語通訳を経て、駐米公使、外務大臣、法務大臣まで「垂直上昇」した。その後、親日派だったために結末は良くなかったが。

このところ、政権引き継ぎ委員会の英語教育をめぐっていざこざが絶えない。それでも2つは正しい主張だ。ひとまず、外国語の威力である。李夏栄のように英語一つで人生を変えた事例は一つや二つではない。若狭のポルトガル語と鳥銃は、国の運命まで変えた。鳥銃は、日本の戦国時代を平定した。朝鮮が壬辰倭乱(文禄の役)の当時、鳥銃にむごたらしく蹂躙(じゅうりん)されたことは痛恨の歴史である。

イマージョン教育の卓越した効果も考えなければならない部分だ。若狭姫のように外国人と一緒になること以上のイマージョン教育はない。一日中アレンの面倒を見て習った李夏栄の「サバイバル・イングリッシュ」も効果満点だ。だが、全国民が若狭のように国際結婚をすることはできない。李夏栄のように、俗な言葉で、外国人の「タカリ(お使いなどをする人を俗に言う言葉)」をするわけにもいかない。

それなら、ネイティブスピーカーの教師をさらに抜てきし、外国語に対する露出を増やすレベルで、適切にとどめる必要がある。もちろん、文法ばかり全力を尽くして教えたこれまでの方式は早く捨てなければならないが…。

中央日報   Joins.com
2008.02.05 15:12:36


言っていることも支離滅裂だな。
連休になるので、有頂天で書いたのか?
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