北韓国・南朝鮮 超常現象

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ウリナラは立派になったニダ

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2010/02/02 16:54 投稿番号: [468 / 1291]
【グローバルアイ】「50年前、韓国がこうなるとは思わなかった」

先月29日、パリの集まりでキム・ジェオクさん(78、女)に会った。フランスに最も長く暮らす韓国人だ。高麗(コリョ)大学法学部だった彼女は、1957年、フランス政府の奨学生としてパリに留学で来て定着した。半世紀を超える歳月をフランスで送ったのだ。
キムさんは集まりで交換学生として来た韓国の大学3年の女子学生の活気に満ちた姿を見た後、自分の留学時代について語った。「外交官は大使(キム・ヨンシク元外相)、1等書記官、3等書記官ら3人だったが、国が貧しくて2人の書記官は家族を連れてくることができなかった。大使が5、6人の留学生を呼んで食事をもてなしてくれるとき、夫人が作ってくれる韓国の食べ物といえば小麦粉で作ったお好み焼き程度でした。学校では私が日本人であると思って近付いてきた学生たちが、あとで韓国人だとわかってからは風土病が移ると、コソコソ避けました。当時、韓国の1人当たりの国民所得が20ドル程度だったと記憶しています」
31日にはパリ市内で司空壱(サゴン・イル)G20首脳会議準備委員長に会った。スイス・ダボスで開かれた世界経済フォーラム(WEF)に参加した後、経済協力開発機構(OECD)本部の高位関係者に接触しに来たところだった。11月、ソウルで開かれるG20首脳会議準備のためだった。彼に「韓国がG20議長国になったというのがそんなに大きな意味があるのか」と単刀直入に尋ねた。彼は「1907年、イ・ジュン烈士がオランダ・ハーグの万国博に参加しようとしたが、志を果たすことができず自決した歴史を思い浮かべてみよ」と返事した。「国際社会の一員と認められることができなかった国が、世界のリーダーたちを呼べるまでになったということだけでも誇らしいことではないか」と強調した。
キムさんと司空壱(サゴン・イル)委員長が対面した2日間、過去100年の韓国史を思い浮かべてみた。わずか3世代の間にかなりの変化があった。変わった韓国と韓国人の地位はほとんど毎日実感する部分だ。シャンゼリゼの大型映画館を含み、フランスの40の映画館では先月28日からポン・ジュノ監督の映画「母なる証明」が上映されている。ル・モンドなど日刊紙の好評のおかげか、大部分の映画館は観客がいっぱい詰めかけた。パリの韓国文化院の韓国語講座には常に空席がなく、20のフランスの中学や高校では韓国語を授業時間に教えている。フランスメディアは最近、UAEの原子力発電所建設事業を韓国に奪われたことをめぐり、「韓国を見下して酷い目に遭った」と伝えた。
キムさんは「50年前には韓国がこのようになるとは想像すらできなかった」と話した。イ・ジュン烈士の魂も似た心境のようだ。しかし今年初め、米国の雑誌「インタ−ナショナルリビング」が毎年発表する「住みやすい国」の評価で、韓国は42位、フランスは1位を獲得した。この雑誌は30年の間、経済、文化、環境など生活の質に影響を及ぼす多様な要素を反映し、各国に等数を付ける。韓国は生活物価、社会的インフラ、保健面などで相対的に低い点数を受けた。韓国はこれまで息が切れるほど走ってきたが、まだ越えるべく峠が多いのだ。

イ・サンオン・パリ特派員
2010.02.02 15:50:11
&#9426; 中央日報/Joins.com

>学校では私が日本人であると思って近付いてきた学生たちが、あとで韓国人だとわかってからは風土病が移ると、コソコソ避けました。

ただ単に人品が卑しいので厭がられたんでしょ。
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