母の味
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/09/09 11:47 投稿番号: [327 / 1291]
(オンマ(母)の味2009年9月1日
筆者 鄭銀淑
光州の小さな市場に買い物に出かけた筆者と母親
韓国では「全羅道の女性は料理上手」と評判。「何にもなくてねぇ」などど言いながらも、手の込んだおかずをつくる母親が多い
私には産みの親と育ての親がいます。朝鮮戦争のときに北側の黄海道から舟に乗って南側の全羅南道に避難してきた姉妹。私を産んでくれたのはその妹で、育ててくれたのは姉のほうでした。育ての親の愛情をたっぷり受けて大きくなった私がこの事実を知ったのは10代後半でしたが、受け入れるのにはかなり時間がかかりました。生みの親を認めることは、育ての親を裏切ることになるように感じたのですね。
1994年、育ての母が亡くなり、その翌年には生みの父が亡くなりました。その悲しみを経て私も少し大人になったのでしょうか。少しずつ産みの母を「おば」ではなく「母」として受け入れられるようになってきました。それまではなんとなくぎこちなかったのですが、最近ようやく「オンマ(お母さん)」と呼べるようになりました。以来、母もさらに私に愛情を示してくれるようになりました。その愛情表現のひとつが食べ物です。
全羅南道の光州にいる母は、長期間漬けたムグンキムチやマルンパンチャン(乾きもの)、タマネギや梅干しのエキス、コチュジャンなどをソウルに住む私によく送ってくれます。タッパウェアに美しく詰められたそのひとつひとつを見つめ、味わっているうちに、私と産みの母の距離は少しずつ縮まっていったようです。
先日、久しぶりに光州の母の家を訪れ2泊してきました。母は「年のせいか料理するのがおっくうだよ。誰かに作ってもらいたいね」と笑いながらも、早起きして朝ご飯を用意してくれました。
無等山(ムドゥンサン)の家庭菜園で母が育てた豆といっしょに炊いたご飯、ダイコンと豆腐の澄まし汁、香ばしく焼かれたイシモチ、蒸しタマゴ、蒸したナスの和え物、甘い醤油で煮た牛肉、全羅道らしいエイの蒸し煮、タケノコの炒め物、大根キムチ、ニンニクの醤油漬け、などなど。韓国料理の取材機会が多く、外食しがちの私には、どれもがありがたい味でした。
「誰かにつくってもらいたい」という母のために、これからは私が料理をする番かもしれません。しばらく外食を減らして、料理をつくる機会を増やそうと思います。
2009年9月1日
筆者 鄭銀淑
KBSのニュ−ス見ると、農村で
「この仕事が厭でたまらないが、他にすることないからしている。早く辞めて楽になりたい。」
っていうのばっかりだ。
労働の悦びがない国らしい。
筆者 鄭銀淑
光州の小さな市場に買い物に出かけた筆者と母親
韓国では「全羅道の女性は料理上手」と評判。「何にもなくてねぇ」などど言いながらも、手の込んだおかずをつくる母親が多い
私には産みの親と育ての親がいます。朝鮮戦争のときに北側の黄海道から舟に乗って南側の全羅南道に避難してきた姉妹。私を産んでくれたのはその妹で、育ててくれたのは姉のほうでした。育ての親の愛情をたっぷり受けて大きくなった私がこの事実を知ったのは10代後半でしたが、受け入れるのにはかなり時間がかかりました。生みの親を認めることは、育ての親を裏切ることになるように感じたのですね。
1994年、育ての母が亡くなり、その翌年には生みの父が亡くなりました。その悲しみを経て私も少し大人になったのでしょうか。少しずつ産みの母を「おば」ではなく「母」として受け入れられるようになってきました。それまではなんとなくぎこちなかったのですが、最近ようやく「オンマ(お母さん)」と呼べるようになりました。以来、母もさらに私に愛情を示してくれるようになりました。その愛情表現のひとつが食べ物です。
全羅南道の光州にいる母は、長期間漬けたムグンキムチやマルンパンチャン(乾きもの)、タマネギや梅干しのエキス、コチュジャンなどをソウルに住む私によく送ってくれます。タッパウェアに美しく詰められたそのひとつひとつを見つめ、味わっているうちに、私と産みの母の距離は少しずつ縮まっていったようです。
先日、久しぶりに光州の母の家を訪れ2泊してきました。母は「年のせいか料理するのがおっくうだよ。誰かに作ってもらいたいね」と笑いながらも、早起きして朝ご飯を用意してくれました。
無等山(ムドゥンサン)の家庭菜園で母が育てた豆といっしょに炊いたご飯、ダイコンと豆腐の澄まし汁、香ばしく焼かれたイシモチ、蒸しタマゴ、蒸したナスの和え物、甘い醤油で煮た牛肉、全羅道らしいエイの蒸し煮、タケノコの炒め物、大根キムチ、ニンニクの醤油漬け、などなど。韓国料理の取材機会が多く、外食しがちの私には、どれもがありがたい味でした。
「誰かにつくってもらいたい」という母のために、これからは私が料理をする番かもしれません。しばらく外食を減らして、料理をつくる機会を増やそうと思います。
2009年9月1日
筆者 鄭銀淑
KBSのニュ−ス見ると、農村で
「この仕事が厭でたまらないが、他にすることないからしている。早く辞めて楽になりたい。」
っていうのばっかりだ。
労働の悦びがない国らしい。
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