野球を梃子入れしたいニダ
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2010/11/05 18:37 投稿番号: [3284 / 4034]
記事入力 : 2010/11/05 16:03:59
【コラム】理解に苦しむ高校野球改正案
電車で移動中、車内の電光掲示板に書かれた「1000対99」という表示が目に付いた。小学校の野球部の数を示すものだった。1000は日本、99は韓国だ。
この数字を表示したのは、スポーツ振興くじの「スポーツ・トト」だった。先進国に比べ劣悪な韓国のスポーツの現状を伝えるためのキャンペーンだという。
人気のある野球ですら、その底辺がこのような有様なら、ほかのスポーツでは、その差はさらに著しいはずだ。ましてや欧米に比べ、その差はさらに広がるばかりだろう。
■1990年の地方高校生
1990年、本紙が主催した第45回青竜旗全国高校野球選手権大会に、忠清南道公州市から上京したある高校生が出場した。その高校生とは、大リーグでアジア人投手最多勝記録を更新した、朴賛浩(パク・チャンホ)だ。このほか、イ・スンヨプや奉重根(ポン・ジュングン)、秋信守(チュ・シンス)といった韓国野球の花形選手も、同大会に参加している。
朴賛浩(パク・チャンホ)とイ・スンヨプは宣銅烈(ソン・ドンヨル)と李万洙(イ・マンス)を、宣銅烈(ソン・ドンヨル)と李万洙(イ・マンス)はユン・モンリョンとイ・グァンウンを、ユン・モンリョンとイ・グァンウンはキム・ヤンジュンと白仁天(ペク・インチョン)を目標にして育った。65年の伝統を持つ同大会は、世代を超えてその情熱を受け継ぎ、今や神話となりつつある。
■伝統と神話
同大会について語る際には、「世代」「情熱」「伝統」といった単語が登場するが、それほど華やかなものではない。高校野球の人気は70−80年代以降、下火となった。高校野球は、プロのように「カネ」が絡むスポーツではないが、今もなお続いているのには、それなりの理由がある。
同大会のキャッチフレーズは、「学びの野球」「礼節の野球」「勤倹の野球」。勉強しなければならない時期に生徒たちを「野球の機械」に作るのではなく、「運動場こそ教室の延長」という信念を堅持してきたの。
驚くべきことは、「1000対99」の韓国野球が奇跡を起こし、国民を大いに沸かせたということだ。2008年北京五輪で全勝優勝という偉業を成し遂げ、09年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では優勝国の日本と堂々と対戦し、準優勝を果たした。
■見識のない人たちによって策定された改正案
先日、政府が高校野球改正案を発表した。その骨子は、来年から学期中の全国大会をなくす代わりに、週末リーグ制度を導入するというものだ。その大義名分は「学習権」だ。
韓国も、スポーツと勉強を並行する先進国を見習わなければならない。週末リーグを行ったからといって、選手たちが突然勉強に専念するわけではない。これは、韓国のスポーツシステムと関連した根本的な問題だ。
同政策を発表した顔ぶれを見ると、マイクを片手に広言ばかり吐いて、権力の座に就いた人たちばかりだ。このような人たちは、全国選手権大会の意味を分かっていないようだ。そうでなければ、選手権大会を一般の大会と同一視して「なくせ」などとは言わないはずだ。
だが、このような人たちも、「世界選手権大会」は見ているはずだ。サッカー・ワールドカップ(W杯)がまさにそれに当たる。もし誰かが「W杯をなくせ」と言ったら、人々はそれを正気の沙汰ではないと批判するだろう。高校野球について何の見識もない連中が、何を根拠に今回の改正案を策定したのか、理解に苦しむ。
文甲植(ムン・ガプシク)スポーツ部長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
相変わらずの世迷い言です。
【コラム】理解に苦しむ高校野球改正案
電車で移動中、車内の電光掲示板に書かれた「1000対99」という表示が目に付いた。小学校の野球部の数を示すものだった。1000は日本、99は韓国だ。
この数字を表示したのは、スポーツ振興くじの「スポーツ・トト」だった。先進国に比べ劣悪な韓国のスポーツの現状を伝えるためのキャンペーンだという。
人気のある野球ですら、その底辺がこのような有様なら、ほかのスポーツでは、その差はさらに著しいはずだ。ましてや欧米に比べ、その差はさらに広がるばかりだろう。
■1990年の地方高校生
1990年、本紙が主催した第45回青竜旗全国高校野球選手権大会に、忠清南道公州市から上京したある高校生が出場した。その高校生とは、大リーグでアジア人投手最多勝記録を更新した、朴賛浩(パク・チャンホ)だ。このほか、イ・スンヨプや奉重根(ポン・ジュングン)、秋信守(チュ・シンス)といった韓国野球の花形選手も、同大会に参加している。
朴賛浩(パク・チャンホ)とイ・スンヨプは宣銅烈(ソン・ドンヨル)と李万洙(イ・マンス)を、宣銅烈(ソン・ドンヨル)と李万洙(イ・マンス)はユン・モンリョンとイ・グァンウンを、ユン・モンリョンとイ・グァンウンはキム・ヤンジュンと白仁天(ペク・インチョン)を目標にして育った。65年の伝統を持つ同大会は、世代を超えてその情熱を受け継ぎ、今や神話となりつつある。
■伝統と神話
同大会について語る際には、「世代」「情熱」「伝統」といった単語が登場するが、それほど華やかなものではない。高校野球の人気は70−80年代以降、下火となった。高校野球は、プロのように「カネ」が絡むスポーツではないが、今もなお続いているのには、それなりの理由がある。
同大会のキャッチフレーズは、「学びの野球」「礼節の野球」「勤倹の野球」。勉強しなければならない時期に生徒たちを「野球の機械」に作るのではなく、「運動場こそ教室の延長」という信念を堅持してきたの。
驚くべきことは、「1000対99」の韓国野球が奇跡を起こし、国民を大いに沸かせたということだ。2008年北京五輪で全勝優勝という偉業を成し遂げ、09年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では優勝国の日本と堂々と対戦し、準優勝を果たした。
■見識のない人たちによって策定された改正案
先日、政府が高校野球改正案を発表した。その骨子は、来年から学期中の全国大会をなくす代わりに、週末リーグ制度を導入するというものだ。その大義名分は「学習権」だ。
韓国も、スポーツと勉強を並行する先進国を見習わなければならない。週末リーグを行ったからといって、選手たちが突然勉強に専念するわけではない。これは、韓国のスポーツシステムと関連した根本的な問題だ。
同政策を発表した顔ぶれを見ると、マイクを片手に広言ばかり吐いて、権力の座に就いた人たちばかりだ。このような人たちは、全国選手権大会の意味を分かっていないようだ。そうでなければ、選手権大会を一般の大会と同一視して「なくせ」などとは言わないはずだ。
だが、このような人たちも、「世界選手権大会」は見ているはずだ。サッカー・ワールドカップ(W杯)がまさにそれに当たる。もし誰かが「W杯をなくせ」と言ったら、人々はそれを正気の沙汰ではないと批判するだろう。高校野球について何の見識もない連中が、何を根拠に今回の改正案を策定したのか、理解に苦しむ。
文甲植(ムン・ガプシク)スポーツ部長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
相変わらずの世迷い言です。
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