南朝鮮 失敗事例集
投稿者: bakajgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/12/14 20:17 投稿番号: [1460 / 4034]
日本の華族は、明治2年7月17日に、公卿・諸侯という称号が廃止され「華族」という称号に統一されました。
これは維新の立役者である岩倉具視(羽林家)が三条実美(清華家)に比べても家格が低く、武家も領国の大小により身分差があるので、一旦身分や格式を平準化してしまう意図があり、それ以下の家老から平武士までは士族として、これも平準化しました。
つまり旧来の身分制度を壊す意図があったようです。
その後、明治17年7月7日に華族令が交付され、国家に多大な功績のあるものを「新華族」として、爵位を授けるようになりました。
これにより伊藤博文や黒田清隆、松方正義などの維新の功労者は伯爵となり、旧幕臣の勝海舟も伯爵となっています。
これら新華族と下級公家出身の華族は資産の少ないものもおり、明治45年には年金が受けられるようになり、爵位を受けたときに家門永続資金が貰える様になりました。
華族の特権は、貴族院の議員になれること、公・侯爵は30歳になると終身(歳費無し)、それ以下は同じ爵位間で互選(任期は7年)、皇族との婚姻(新華族は不可)、学習院大学への入学、帝大・学習院の奨学金、家範の法的裏付けなど。
義務としては婚姻は宮内大臣の許可を必要とする、男子は兵役の義務など。
不行跡があれば爵位を返上しなければならず、北小路俊岳男爵(詐欺罪)、桑原孝長子爵(無理心中で殺人罪)、土方久敬伯爵(治安維持法違反)などが爵位を返上している。
また有名な所では、徳川御三卿の清水家が金銭問題で爵位を返上してるが、子孫の徳川好敏がパイロットとして活躍し、男爵を受けた例もあります。
有名人としては、喜劇の古川ロッパ(男爵)、女優の久我美子(侯爵)、オリンピック乗馬の西竹一(男爵)、作家の武者小路実篤(子爵)など。
エピソードは、板垣退助伯爵は爵位を受ける気がなかったが、天皇の命により伯爵となり、死後板垣家は爵位を返上、それを見た福沢諭吉は、断りきれなくなる前に先手を打って、予め爵位を断り、功績をお金で換算して貰い、それを基に慶応大学を作ったとか。
これは メッセージ 1 (fujisan_ga_kirei さん)への返信です.
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