伽耶ねぇ
投稿者: tuka_chan 投稿日時: 2001/01/27 02:18 投稿番号: [673 / 60270]
そういえば以前、竹島トピでbosintangさんと議論していたね。
you_beaut:838>サムライは昔の韓国語なんだ。わかった?サウラビ(戦い男)がサムライになった。
bosintang:841>侍(さむらい)は中世日本語「さぶらふ」(身分の高い人に仕える)という動詞の名詞形。「さぶらふ」は、上代の「さもらふ」(待つ、仕える)から来ており、万葉集(7〜8世紀)に多数の用例があります。あなたの言う「サウラビ(戦い男)」の出典はなんですか?
you_beaut:843>戦士たちが主導した三国時代の戦争中、カヤって国が韓国の中南部にあってこのサウルアビたちのリーダーが日本を植民経営したわけですね。これを日本では逆に日本が韓国に植民地を持っていたと歪曲しているわけです。そのカヤが新羅に併合されたのでカヤの王が本国を取られた形になりました。そこで後で日本の天皇系になるこのカヤの王家は恨みを持って植民地の日本で‘失地回復’の遺言を子々孫々伝えて来たわけです。
bosintang:847>サウダ(???)にしろアビ(??)にしろ、その語源はせいぜい14世紀までしか溯れないので、「侍」の語源とするのは無理です。三国時代の言語資料はほとんどないはず。・・・伽耶が日本を植民地支配したと最初に主張したのは北朝鮮の学者の金錫亨ですね。これを認めている日本の歴史家ないし歴史小説家を、私は知りません。
ilkuji_99:848>無知ですね。14世紀云々するけどハングル文字創製のとき言葉が全然変わったわけでもないのに何か誤解しているじゃないですか?三国時代や統一新羅時代の詩、歌は郷歌などに残っていて当時の言葉を研究するのに役に立つけど言葉自体はそんなには変わってない。・・・サウルアビ(戦い男)が日本を征服したので未開人の日本人にとっては偉い存在になって‘さふらぶ’等の派生語が出来たのでは?・・・日本には‘植民地史観’というのがあって被支配国の歴史を捏造、歪曲、縮小する卑劣な作業を御用学者たちが主導したのだ。(戦前から戦後にかけて)したがって韓国の影響があったとか高句麗が満州全地域の持ち主で毎回唐国と戦って勝ったとかを事実の通り言う自体が裏切りものだと批難される雰囲気がある。
bosintang:850>新羅時代の郷歌は、三国遺事に14首、均如伝に11首、計25首しか残っておらず、しかも名詞・動詞などは大部分訓表記で、新羅語の発音を知ることはできない。わずかに音表記されている助詞などの機能語から、中世韓国語と似ているのではないかと、類推されているにすぎません。高句麗語は、20数語がわかっているだけだし、百済、伽耶の言葉の資料は皆無。「三国時代の言語資料はほとんどない」と言えるのじゃないでしょうか。サウルアビ(戦い男)が侍の語源だと想像するのは自由ですが、証明するのは不可能です。・・・任那日本府説というのは、なにも日本の学者が歴史を捏造、歪曲したわけではなく、古事記、日本書紀などの史書、広開土王碑などの金石文から導かれたものです。
bosintang:859>この碑文に独特な解釈を加え「三韓三国の日本列島分国説」に発展させたのは、北朝鮮の金錫亨だが、韓国の百科事典もこの解釈を「破格的」と評しています。
あれから何か新発見でもあったの?
you_beaut:838>サムライは昔の韓国語なんだ。わかった?サウラビ(戦い男)がサムライになった。
bosintang:841>侍(さむらい)は中世日本語「さぶらふ」(身分の高い人に仕える)という動詞の名詞形。「さぶらふ」は、上代の「さもらふ」(待つ、仕える)から来ており、万葉集(7〜8世紀)に多数の用例があります。あなたの言う「サウラビ(戦い男)」の出典はなんですか?
you_beaut:843>戦士たちが主導した三国時代の戦争中、カヤって国が韓国の中南部にあってこのサウルアビたちのリーダーが日本を植民経営したわけですね。これを日本では逆に日本が韓国に植民地を持っていたと歪曲しているわけです。そのカヤが新羅に併合されたのでカヤの王が本国を取られた形になりました。そこで後で日本の天皇系になるこのカヤの王家は恨みを持って植民地の日本で‘失地回復’の遺言を子々孫々伝えて来たわけです。
bosintang:847>サウダ(???)にしろアビ(??)にしろ、その語源はせいぜい14世紀までしか溯れないので、「侍」の語源とするのは無理です。三国時代の言語資料はほとんどないはず。・・・伽耶が日本を植民地支配したと最初に主張したのは北朝鮮の学者の金錫亨ですね。これを認めている日本の歴史家ないし歴史小説家を、私は知りません。
ilkuji_99:848>無知ですね。14世紀云々するけどハングル文字創製のとき言葉が全然変わったわけでもないのに何か誤解しているじゃないですか?三国時代や統一新羅時代の詩、歌は郷歌などに残っていて当時の言葉を研究するのに役に立つけど言葉自体はそんなには変わってない。・・・サウルアビ(戦い男)が日本を征服したので未開人の日本人にとっては偉い存在になって‘さふらぶ’等の派生語が出来たのでは?・・・日本には‘植民地史観’というのがあって被支配国の歴史を捏造、歪曲、縮小する卑劣な作業を御用学者たちが主導したのだ。(戦前から戦後にかけて)したがって韓国の影響があったとか高句麗が満州全地域の持ち主で毎回唐国と戦って勝ったとかを事実の通り言う自体が裏切りものだと批難される雰囲気がある。
bosintang:850>新羅時代の郷歌は、三国遺事に14首、均如伝に11首、計25首しか残っておらず、しかも名詞・動詞などは大部分訓表記で、新羅語の発音を知ることはできない。わずかに音表記されている助詞などの機能語から、中世韓国語と似ているのではないかと、類推されているにすぎません。高句麗語は、20数語がわかっているだけだし、百済、伽耶の言葉の資料は皆無。「三国時代の言語資料はほとんどない」と言えるのじゃないでしょうか。サウルアビ(戦い男)が侍の語源だと想像するのは自由ですが、証明するのは不可能です。・・・任那日本府説というのは、なにも日本の学者が歴史を捏造、歪曲したわけではなく、古事記、日本書紀などの史書、広開土王碑などの金石文から導かれたものです。
bosintang:859>この碑文に独特な解釈を加え「三韓三国の日本列島分国説」に発展させたのは、北朝鮮の金錫亨だが、韓国の百科事典もこの解釈を「破格的」と評しています。
あれから何か新発見でもあったの?
これは メッセージ 652 (ilkuji_99 さん)への返信です.
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