日本は何故、反省しないのか?

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しぶらる君へ質問 2

投稿者: SmokingClean000 投稿日時: 2001/06/17 08:08 投稿番号: [6512 / 60270]
  1960年代半ば以降は、佐藤内閣により台湾、韓国を初めとして極東・東南アジア諸国への援助を本格化させた。

  まず、1965年の日台経済協力協定に基づき、日本政府は多目的ダム、港湾開発、肥料工場建設などを対象に1億5000万ドルという巨額の円借款を供与した。次に、韓国に対して無償3億ドル、政府借款2億ドルなどを供与することになった。そして、1966年に日本で開かれた東南アジア開発閣僚会議を契機に、賠償に代わり円借款などを中心に東南アジア諸国への援助に乗り出したのである。インドネシア向け借款は1970年までに4億ドルにのぼり、対マレ−シア(1966年、5000万ドル、インフラ整備)、対タイ(1968年、5000万ドル、インフラ整備)、対フィリピン(1969年、3000万ドル、インフラ整備)、対ビルマ(1969年、3000万ドル、工場建設)、対カンボジア(1969年、420万ドル、インフラ整備)、対ベトナム(1970年、450万ドル、インフラ整備)、というように、1965年以降、援助額が急増した。ODAは1961〜1964年には1億〜1億4000万ドル程度であったが、1965年には2億4300万ドル、66年2億8500万ドル、67年3億8500万ドル、そして70年には4億5800万ドルに達する急増振りである。しかも、二国間政府援助の地理的配分をみると、1966年ではアジア地域が92.1パ−セントを占め、とりわけ極東・東南アジア諸国が総額の54%と過半を占めた。

  takasagoya10さんの丁寧な書き込みです。
  質問に答えて。
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