徳治的政治文化を破壊
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/12/24 00:30 投稿番号: [60264 / 60270]
『植民地朝鮮の警察と民衆世界1894ー1919』
愼蒼宇
出版社:有志舎
発行:2008年11月
ISBN:9784903426181
価格:¥6510 (本体¥6200+税)
韓国に暮らしているとき、急な病に襲われ救急車を呼んだが来ず、かわりにパトカーが来てくれたことがある。年の瀬の夜だった。病院までの道で信号待ちをしていると、横断歩道を渡る酔客たちがてんでに声高にわめきながら足でパトカーを蹴(け)っていくのである。
警官は運転席で泰然自若としていた。夜の光を浴びたその余裕のある横顔には、まさに朝鮮の歴史が刻まれていた。この横顔の意味を説明できずして、朝鮮を研究しているとはいえない。
本書は、朝鮮王朝末期から植民地初期の警察に関する研究書である。しかし凡百の歴史書とは違う。朝鮮の民衆とはどういう人たちだったのかが、手に取るようにわかるのだ。
日本は朝鮮の植民地統治にあたり、武断的な方法で近代的な秩序維持を図ろうとする。しかし朝鮮ではそれとは全く異なる「徳治的警察支配」が行われていたのだった。それは儒教の仁政という概念を軸として、〈実際の現場においては武力や厳しい統制をなるべく回避し、文治的な教導を柱にして、民衆の生活諸慣習に対して比較的寛容であった〉。特に末端の警察官は、彼らも社会の逸脱者であるという点で、一方で暴力的であると同時に、民衆に頼りにされる存在でもあった。贈与や賭博や信仰などの民衆の「悪習」を見逃し、庇護(ひご)してくれる寛容な存在だったのである。日本はこのような徳治的政治文化を破壊しようとした。だが民衆の生というのはそう簡単に変えられるものではない。
「朝鮮史」というジャンルが持つ難しさは、イデオロギー的関心が強すぎたため、実際の朝鮮人のかぎりない魅力を歴史叙述が復元しえていない点にあった。
だが時折、過去を活写することのできる希有(けう)な才能が出現する。意味不明の言葉や表情を読み解くことのできる特別な感性を持つ歴史家の誕生である。本書は間違いなくそのような才能による最良の成果だ。
◇シン・チャンウ=1970年、東京都生まれ。千葉大、都留文科大非常勤講師。共著に『暴力の地平を超えて』。
有志舎、6200円
評・小倉紀蔵(韓国思想研究家)
(2008年12月22日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20081222bk04.htm
『闘う社説』
若宮啓文
出版社:講談社
発行:2008年10月
ISBN:9784062150163
価格:¥1575 (本体¥1500+税)
歴史に残る「朝・読」共闘
『闘う社説』というタイトルが目を惹(ひ)く。最近なあなあばやりのこの国で、“闘う”という言葉は久しくきかれなかったからだ。二十一世紀初頭の「朝日新聞論説主幹」が、ともすれば空を切りやすくなった言説空間に緊張感を取り戻そうと考えて、社説を軸に闘い抜いた自らの記録をまとめた。類例のない著書であるが、新聞社の論説の情報公開と説明責任を果たそうとした点で好感がもてる。
◇わかみや・よしぶみ=1948年、東京都生まれ。朝日新聞論説主幹を経て、2008年3月から同コラムニスト。
講談社、1500円
評・御厨貴(歴史家・政治学者)
(2008年12月22日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20081222bk05.htm
愼蒼宇
出版社:有志舎
発行:2008年11月
ISBN:9784903426181
価格:¥6510 (本体¥6200+税)
韓国に暮らしているとき、急な病に襲われ救急車を呼んだが来ず、かわりにパトカーが来てくれたことがある。年の瀬の夜だった。病院までの道で信号待ちをしていると、横断歩道を渡る酔客たちがてんでに声高にわめきながら足でパトカーを蹴(け)っていくのである。
警官は運転席で泰然自若としていた。夜の光を浴びたその余裕のある横顔には、まさに朝鮮の歴史が刻まれていた。この横顔の意味を説明できずして、朝鮮を研究しているとはいえない。
本書は、朝鮮王朝末期から植民地初期の警察に関する研究書である。しかし凡百の歴史書とは違う。朝鮮の民衆とはどういう人たちだったのかが、手に取るようにわかるのだ。
日本は朝鮮の植民地統治にあたり、武断的な方法で近代的な秩序維持を図ろうとする。しかし朝鮮ではそれとは全く異なる「徳治的警察支配」が行われていたのだった。それは儒教の仁政という概念を軸として、〈実際の現場においては武力や厳しい統制をなるべく回避し、文治的な教導を柱にして、民衆の生活諸慣習に対して比較的寛容であった〉。特に末端の警察官は、彼らも社会の逸脱者であるという点で、一方で暴力的であると同時に、民衆に頼りにされる存在でもあった。贈与や賭博や信仰などの民衆の「悪習」を見逃し、庇護(ひご)してくれる寛容な存在だったのである。日本はこのような徳治的政治文化を破壊しようとした。だが民衆の生というのはそう簡単に変えられるものではない。
「朝鮮史」というジャンルが持つ難しさは、イデオロギー的関心が強すぎたため、実際の朝鮮人のかぎりない魅力を歴史叙述が復元しえていない点にあった。
だが時折、過去を活写することのできる希有(けう)な才能が出現する。意味不明の言葉や表情を読み解くことのできる特別な感性を持つ歴史家の誕生である。本書は間違いなくそのような才能による最良の成果だ。
◇シン・チャンウ=1970年、東京都生まれ。千葉大、都留文科大非常勤講師。共著に『暴力の地平を超えて』。
有志舎、6200円
評・小倉紀蔵(韓国思想研究家)
(2008年12月22日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20081222bk04.htm
『闘う社説』
若宮啓文
出版社:講談社
発行:2008年10月
ISBN:9784062150163
価格:¥1575 (本体¥1500+税)
歴史に残る「朝・読」共闘
『闘う社説』というタイトルが目を惹(ひ)く。最近なあなあばやりのこの国で、“闘う”という言葉は久しくきかれなかったからだ。二十一世紀初頭の「朝日新聞論説主幹」が、ともすれば空を切りやすくなった言説空間に緊張感を取り戻そうと考えて、社説を軸に闘い抜いた自らの記録をまとめた。類例のない著書であるが、新聞社の論説の情報公開と説明責任を果たそうとした点で好感がもてる。
◇わかみや・よしぶみ=1948年、東京都生まれ。朝日新聞論説主幹を経て、2008年3月から同コラムニスト。
講談社、1500円
評・御厨貴(歴史家・政治学者)
(2008年12月22日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20081222bk05.htm