【筑紫哲也さんを悼む】
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/11/07 22:47 投稿番号: [60212 / 60270]
小山内さん「筑紫さん、あまりにも早すぎます」
▼脚本家小山内美江子さんの話 昨年10月にお会いしたときは、お元気そうだったのに、とても残念。私が始めたボランティア団体「JHP・学校をつくる会」を支えてもらった。ジャーナリズムについての講義を聴いた若い人たちからも慕われていた。私が病気をしたときは「あなたがしっかりしなきゃ、活動が全部つぶれますよ」とことあるごとに励ましてくれた。お疲れさまと言いたいところだが、あまりにも早すぎます。
▼評論家の立花隆さんの話 筑紫哲也さんの全ジャーナリスト人生を聞くという一大プロジェクトを始めて、その途中でした。きょうにも電話しようと思っていた矢先なのでショックです。筑紫さんは戦後日本が生んだ最大のジャーナリストと言って過言ではないでしょう。新聞、雑誌、テレビとメディアをクロスして、かつ世界中に取材の足を伸ばしていた。政治、経済、社会、文化とあらゆる領域をカバーして、文字通り八面六臂の活躍をしてきた。その相当部分でほとんど戦友のような付き合い方をしてきた。とりわけロッキード事件、ロッキード裁判のころは文字通り机を並べて雑誌の仕事をした。何か問題が起きるとすぐに、筑紫さんならこれに何とコメントするだろうと今でも考える。惜しい人を亡くした。もっともっと筑紫さんのコメントを聞きたかった。
▼藤田真文法政大教授(マスコミュニケーション論)の話 元朝日新聞記者として培った、活字ジャーナリズムの視点を保ちながら、テレビのキャスターを務めたことが、画期的だった。「多事争論」など、新聞のコラム的な位置付けのコーナーを設けて、ストレートニュースとは別に、時事的問題について持論を展開したのが、顕著な特徴。筑紫さん個人の見方を明確に打ち出して、ニュースを解釈することで、固定的な視聴者を獲得し「筑紫哲也NEWS23」というタイトルがふさわしい番組だった。
[ 2008年11月07日 19:57 ]
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/flash/KFullFlash20081107071.html
【筑紫さん死去】「もっとコメントを聞きたかった」立花隆さん
2008.11.7 21:48
評論家の立花隆さんの話 筑紫哲也さんの全ジャーナリスト人生を聞くという一大プロジェクトを始めて、その途中でした。今日にも電話しようと思っていた矢先なのでショックです。筑紫さんは戦後日本が生んだ最大のジャーナリストと言って過言ではないでしょう。
新聞、雑誌、テレビとメディアをクロスして、かつ世界中に取材の足を伸ばしていた。政治、経済、社会、文化とあらゆる領域をカバーして、文字通り八面六臂(ろっぴ)の活躍をしてきた。その相当部分でほとんど戦友のような付き合い方をしてきた。
とりわけロッキード事件、ロッキード裁判のころは文字通り机を並べて雑誌の仕事をした。何か問題が起きるとすぐに、筑紫さんならこれに何とコメントするだろうと今でも考える。惜しい人を亡くした。もっともっと筑紫さんのコメントを聞きたかった。
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/081107/biz0811072148029-n1.htm
韓国の李明博大統領、亡くなった日本のTBSキャスターに哀悼の意表明
(ソウル=聨合ニュース)李明博(イ・ミョンバク)大統領は7日、73歳で他界した日本のTBS放送看板キャスター筑紫哲
也の殯所へ権哲賢(クォン・ チョルヒョン)駐日大韓民国大使を送って弔意を示し、遺族に哀悼の意を伝達した。
筑紫哲也は今年4月、李大統領訪日当時、闘病中であるにもかかわらず、李大統領が出演した「日本国民100人との
対話」番組を進行した事がある。
青瓦台(大統領府)関係者は「李大統領が出演した'日本国民100人との対話'は、故人が在世で司会した最後の作品」
とし「李大統領がそんな個人的な縁で、哀悼を示したのだろう」と述べた。
毎日経済
▼脚本家小山内美江子さんの話 昨年10月にお会いしたときは、お元気そうだったのに、とても残念。私が始めたボランティア団体「JHP・学校をつくる会」を支えてもらった。ジャーナリズムについての講義を聴いた若い人たちからも慕われていた。私が病気をしたときは「あなたがしっかりしなきゃ、活動が全部つぶれますよ」とことあるごとに励ましてくれた。お疲れさまと言いたいところだが、あまりにも早すぎます。
▼評論家の立花隆さんの話 筑紫哲也さんの全ジャーナリスト人生を聞くという一大プロジェクトを始めて、その途中でした。きょうにも電話しようと思っていた矢先なのでショックです。筑紫さんは戦後日本が生んだ最大のジャーナリストと言って過言ではないでしょう。新聞、雑誌、テレビとメディアをクロスして、かつ世界中に取材の足を伸ばしていた。政治、経済、社会、文化とあらゆる領域をカバーして、文字通り八面六臂の活躍をしてきた。その相当部分でほとんど戦友のような付き合い方をしてきた。とりわけロッキード事件、ロッキード裁判のころは文字通り机を並べて雑誌の仕事をした。何か問題が起きるとすぐに、筑紫さんならこれに何とコメントするだろうと今でも考える。惜しい人を亡くした。もっともっと筑紫さんのコメントを聞きたかった。
▼藤田真文法政大教授(マスコミュニケーション論)の話 元朝日新聞記者として培った、活字ジャーナリズムの視点を保ちながら、テレビのキャスターを務めたことが、画期的だった。「多事争論」など、新聞のコラム的な位置付けのコーナーを設けて、ストレートニュースとは別に、時事的問題について持論を展開したのが、顕著な特徴。筑紫さん個人の見方を明確に打ち出して、ニュースを解釈することで、固定的な視聴者を獲得し「筑紫哲也NEWS23」というタイトルがふさわしい番組だった。
[ 2008年11月07日 19:57 ]
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/flash/KFullFlash20081107071.html
【筑紫さん死去】「もっとコメントを聞きたかった」立花隆さん
2008.11.7 21:48
評論家の立花隆さんの話 筑紫哲也さんの全ジャーナリスト人生を聞くという一大プロジェクトを始めて、その途中でした。今日にも電話しようと思っていた矢先なのでショックです。筑紫さんは戦後日本が生んだ最大のジャーナリストと言って過言ではないでしょう。
新聞、雑誌、テレビとメディアをクロスして、かつ世界中に取材の足を伸ばしていた。政治、経済、社会、文化とあらゆる領域をカバーして、文字通り八面六臂(ろっぴ)の活躍をしてきた。その相当部分でほとんど戦友のような付き合い方をしてきた。
とりわけロッキード事件、ロッキード裁判のころは文字通り机を並べて雑誌の仕事をした。何か問題が起きるとすぐに、筑紫さんならこれに何とコメントするだろうと今でも考える。惜しい人を亡くした。もっともっと筑紫さんのコメントを聞きたかった。
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/081107/biz0811072148029-n1.htm
韓国の李明博大統領、亡くなった日本のTBSキャスターに哀悼の意表明
(ソウル=聨合ニュース)李明博(イ・ミョンバク)大統領は7日、73歳で他界した日本のTBS放送看板キャスター筑紫哲
也の殯所へ権哲賢(クォン・ チョルヒョン)駐日大韓民国大使を送って弔意を示し、遺族に哀悼の意を伝達した。
筑紫哲也は今年4月、李大統領訪日当時、闘病中であるにもかかわらず、李大統領が出演した「日本国民100人との
対話」番組を進行した事がある。
青瓦台(大統領府)関係者は「李大統領が出演した'日本国民100人との対話'は、故人が在世で司会した最後の作品」
とし「李大統領がそんな個人的な縁で、哀悼を示したのだろう」と述べた。
毎日経済