Re: 兵士たちが記録した 南京大虐殺
投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/04/03 23:51 投稿番号: [59721 / 60270]
ラーベの日記 →
11/28日警察庁「長王固磐」は(南京には中国人が20万人いる)
12/8「なぜ、金持ちを!約80万という恵まれた市民を逃がした」
国際委員会公文書 T−6
→
「13日の日本軍入場のさい、安全区には市民のほとんど全部が集まっており、その数20万」
南京市長の避難命令 →
馬超俊市長により全南京市民に安全区への避難命令。
中国軍による焦土作戦 →
ニューヨーク7日発同盟
AP南京電
南京城外数百の村落は敗退する支那軍の手によって悉く焼き払われ焼き払われた各村落の住民は、着の身着のまま市内の避難所(安全区)へ、城内の危険区住民も雪崩を打って非難した。
日本軍ではなく中国軍及び中国国民による略奪破壊が報告されている。第一級資料である「ラーベの日記」にも、「ミニーボートリンの日記」にも、中国軍による組織的な焼き討ち「焦土作戦」の惨さは書いてある。
深田匠著
「日本人の知らない『二つのアメリカ」の世界戦略」高木書房より
昭和41年9月に岸信介元首相の名代として5名の日本人台湾使節団が訪台し、蒋介石と面談している。
そして面談の最、その5名の中の一人である田中正明氏が松井大将の秘書であったことを思い出した蒋介石は、
田中氏の手を堅く握り締めて涙を流しながら
「南京に虐殺などなかった。松井閣下にはまことに申し訳ないことをした」
と告白している。この蒋介石の涙の謝罪は、日本人訪台団、通訳、蒋介石の側近らが全員耳にした歴然なる事実であり、
南京事件なるものは一切存在しなかったことを当事者が認めた貴重な証言である(72頁)。
これは メッセージ 59720 (non_dire_sciocchezze さん)への返信です.
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